第二百四十九話【SDGsとリニア中央新幹線 第9回『JRTK社長にきく』】

SDGsとリニア中央新幹線 第9回『JRTK社長にきく』



天狗騨「ASH新聞社会部の天狗騨です。本日はよろしくお願いします」


JRTK社長「こちらこそよろしくお願いします」


天狗騨「さっそくですがリニア中央新幹線について、ASH新聞のスタンスはどのようなものであるとお考えでしょうか?」


JRTK社長「変わった問いですね、そうですね、まあニュートラルでしょうか」


天狗騨「ありがとうございます。しかし『リニアの技術は素晴らしい。だがそれを通すコースに問題がある』、という立場はJRTKという会社から見てニュートラルになるのでしょうか?」


JRTK社長「なかなかに厳しいですな」


天狗騨「この現代という時代が企業に求める要求は高まっていて、『SDGs』然り、『ESG投資』もまた然りです。南アルプスでトンネル工事に手を付ければ確実に大井川の水の流量に影響を与えることは誰しも認めるところで最初から〝持続可能性〟に疑問が持たれ、これだけで『SDGs』に反する計画だと言えますし、『ESG投資』の〝E〟も環境を意味しています。そして〝S〟は社会、即ち人権への配慮です。〝会社の利益第一主義〟で環境にも人権にも配慮しない企業活動は社会に対する責任を放棄していると言えると。そして〝G〟は、それらEやSを実現するための透明で公正な経営を意味します」


JRTK社長「『ESG投資』については私も存じております」


天狗騨「そこでこの際、当方の立場を明瞭にしておく事は重要だと思います。我々はリニア中央新幹線の南アルプスルートは、『SDGs』や『ESG投資』といった現代企業が規範とすべき価値観にことごとく反すると考えています。リニアのためにもここは再考が必要なのではないでしょうか?」


JRTK社長「それについては対策は練っておりまったく当てはまらないと、当社は考えております」


天狗騨「なるほど、やはりそう来ますか。そこで今日は南アルプスルートというルートの評価ではなく、当該ルートの選定の経緯について伺いたいのですが」


JRTK社長「そういう事でしたら答えられる幅も増えるでしょうね」


天狗騨「まず南アルプスルートの選定について、『7分早く名古屋に着く』という需要がどれほど乗客の側にあるでしょうか? そうした需要が非常に多いとはとても思えません」


JRTK社長「それはいわゆる『Bルート』の話しですか? しかしそれは過去の話しです」


天狗騨「いえ、これはあくまで〝選定の経緯について〟の話しです。そこで〝〟なのですが、『他ルートに比べ建設費が安い』というものがあります。しかしこれはおかしいんじゃないでしょうか?」


JRTK社長「私どもはおかしいとは思いません。試算の結果です」


天狗騨「それは他ルートと比較して、という話しですよね? JRTKはリニアのルートについて三つの試案を示しました。『木曽谷ルート』『伊那谷ルート』『南アルプスルート』です。このうち木曽谷ルートは在来線の中央西線とほぼ同ルートと思われますし、伊那谷ルートは諏訪湖の辺りまで下り後は飯田線と同じルートを辿るのでしょう。つまり前者の二つには既に〝鉄道が通っている〟という実績があるわけです。ところが南アルプスルートは人跡未踏の険しい自然の中に敢えてレールを敷こうとしている。これが一番工事費が安いなどと、素人でも信用しません」


JRTK社長「しかし私どもの計算では三つの試案の中で一番工事費がかからないのです」


天狗騨「それは土地の収用費の視点からしか考えていないのではないですか? 人が住んでいない所にルートを設定するなら収用費が一番かからないのは道理です。しかし純粋な工事費という観点から見た場合、一番かかりそうなのが南アルプスに線路を通すという、前代未聞の工事を強いられるこのルートであると私はそう考えてしまうのですが。とは言えこの手の話しは堂々巡りの繰り返しです。これでは一向に埒があかないと思いまして、今日は〝別の視点から〟と考えて来ました」


JRTK社長「別の視点? と言いますと?」


天狗騨「昨今JR各社は〝路線ごとの収支〟を公表し、赤字路線廃止の地ならしを始めているようですね。いくら地元自治体が『減便も許さない』と言い、対するJRが『廃線にさせてもらいます』と意見が激突した場合であっても法的にはJRに当該路線をどうするか決める権利があるとか」


JRTK社長「それは〝経営判断〟というもので、『やむにやまれぬ』、とご理解頂きたいものです」


天狗騨「『やむにやまれぬ』ですか。時に、新幹線が開業すると並行在来線は〝赤字路線化〟するとJR各社は考えているようですね。例えば九州新幹線の八代以南、八代—川内。また例えば東北新幹線の盛岡以北、盛岡—青森。いずれも新幹線開業と引き替えにJRから経営が切り離されてしまいました。リニアが開業した暁には東海道新幹線がこうした並行在来線と同じ運命を辿るのではないでしょうか? リニアも新幹線も行き先が同じく名古屋ないし東京なら、JRTKという同じ会社の中で需要の共食いが起こるのは火を見るよりも明らかです。東海道新幹線の赤字路線化、その可能性について会社として対策は考えているのでしょうか?」


JRTK社長「それにつきましては東海道新幹線で貨物を取り扱う事ができるよう、実施に向け研究中です」


天狗騨「しかしフル規格の新幹線は全線高架ですから、これを貨物利用するとした場合、積むときは二階へ荷物を上げ、降ろすときは一階へ荷物を下げるような形になるしかない。つまり二度手間がかかる。軌道についてもまた車輌についても貨物を運ぶような設計にそもそもなってはいません。新幹線の貨物利用は無理があるのでは?」


JRTK社長「それを含めてただ今鋭意研究中です」


天狗騨「ところで、リニアには東海道新幹線のほか今ひとつの並行路線がありますが、その並行路線がリニアのルート選定に影響を与えた事実はあるでしょうか?」


JRTK社長「〝今ひとつの並行路線〟。さて、それはなんでしょう?」


天狗騨「隣接する同業他社の路線、JRHNが管轄する『』です。仮にリニアが木曽谷ルートを選択した場合、松本の手前、塩尻くらいまで並行路線となりますし、伊那谷ルートでも諏訪湖近辺、岡谷くらいまでが並行路線となります。その際JRHNが運用している中央東線は、いわゆる〝新幹線の並行在来線化〟し、特急列車の乗客がリニアに奪われ、一気に〝本線〟とは名ばかりのローカル線化する事になります。JRHN視点でリニアを見た場合、〝客が奪われる〟という損害が一番軽微なルートが、甲府までしか中央東線と被らない南アルプスルートという事になる。ここで確認しておきたいのですが、リニア中央新幹線のルートは当初伊那谷ルートが有力だったわけですが、それが突如南アルプスルートで決定されました。その過程において、JRTKとJRHNとの間、鉄道会社同士何らかの利益調整を行った事実はありますか?」


JRTK社長「—それはあくまで自社判断です」


天狗騨「しかしリニアは東京へ乗り入れてこそです。当然途中首都圏も通る。この地域を管轄するJRHNに対し、JRTKの立場はそうそう強くはない筈です。そこで改めて確認なのですが、『SDGsやESG投資等よりも〝同業の会社同士、お互いの利益を損ねない事〟を優先させリニアのルートが決められた』などという事実は無いと、こういう事で間違い無いですね?」


JRTK社長「もちろんです」


天狗騨「ESG投資は企業経営について『透明で公正な経営』を求めています。JRTKが現在行おうとしている経営もこれに合致していると言えますか?」


JRTK社長「言えると思ってますがね」

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