第二百四十八話【左沢政治部長、また社会部フロアにやって来る】

 突如社会部フロアにその姿を現した左沢政治部長。

(用があるとすれば——、)天狗騨記者は心の中で身構えていた。(ウチの部長か、さもなくばこの俺か)と。


 今日この月曜日はリニア特集記事についての最後の編集会議の日で、天狗騨は〝最後の最後まで自由にやらせてくれるのか〟という一種の精神の瀬戸際状態にあった。最後になってブレーキがかけられてしまったら〝画竜点睛を欠く〟というものであった。そんな状態の中左沢に来られるなど正直少々迷惑なのである。

 しかしその〝迷惑〟がヅカヅカと大股で天狗騨の元へ容赦なく距離を詰めてくる。

(来ちゃったか、)


「天狗騨、査問会以来だな」左沢政治部長が天狗騨に声を掛けた。


「そうですね、お久しぶりです。ところで今日は?」と天狗騨。


「ウチの『祭』がこちらにお世話になるのも今週いっぱいだからな。もろもろ打ち合わせる事もある」


「露骨ですね」


「それくらいお前なら解っていたろうが」


「しかしそれが〝理由〟なら、わざわざこの私の所にやって来る意味は無いでしょうに」


「いいや、あるな。それをこれから話す。率直に言って俺はお前を非常に、好ましく思ってない」


「それはどうも」


「だがよくやった」


「はい?」


「お前が造った〝倒閣ネタ〟はこちら(政治部)でしっかり有効活用させてもらう。造った者に無断で使用するというのも逆にさらに情けなくなるだけだしな。それを言いに来た」


「つまり政治部は〝閣内不一致〟で加堂政権を追い込もうというわけですか」


「やっぱりそうか。相手を嵌めるその能力、我々の敵に対しても使うのならお前の〝有能さ〟を認める他ない」



 天狗騨と左沢が何を話しているのかいえば、それはこういう事である。

 天狗騨は国土交通大臣にインタビューし、『リニア中央新幹線は時間を掛け適正な手続きを踏みこのルートで決定されたのです。今さら思いつきのようなちゃぶ台返しなどできるものではない』とのことばを引き出した。

 一方で環境大臣にインタビューした際には、『それ(リニア現行ルート変更)については前向きに検討する必要があるでしょうね』とのことばを引き出した。


 つまり天狗騨は、

 『リニアの南アルプスルートの変更はあり得ない!』という国交大臣 VS 『リニアの南アルプスルートは変更もあり得る』という環境大臣、という状態を現出させたのである。

 重要政策について、同じ内閣の中に対立する方針が存在するから〝閣内不一致〟。閣内不一致が解消されなければ〝内閣総辞職ルート〟である。故に左沢政治部長は『倒閣ネタ』と口にした。



「『江戸の敵を長崎で討つ』も俺はこの際有りだと思っている」そう左沢は言い切った。それくらいASH新聞に対するテロ事件の脅迫状を加堂政権が堂々公開した事についての遺恨は、まだまだ、まだ引きずられていた。

 左沢はそれでも言い足りなかったのか、「——だいたいにおいて『環境大臣』などというものは論功行賞ポストだ。不適格者を置いたのが運の尽きだったな!」ともまくし立てた。


「ちょっと待って下さい左沢さん」ここで天狗騨が口を差し挟んだ。


「なにか?」


「環境大臣は真っ当な事を言ったんです。国土交通大臣の方がおかしいんです。『閣内不一致』で責め立てた場合、環境大臣の発言は周囲からの圧力によって訂正され、無理矢理にでも閣内を一致させ事態を終わらせようとするのは確実です。だからこの際『加堂内閣は閣内不一致だ!』ではなく、環境大臣を応援するような報道スタンスを採った方が効果的ではないですかね」


「どういう効果が期待できる?」


「国交大臣と環境大臣、政府与党の中では確実に『環境大臣の方が失言した』、という認識でしょう。環境大臣が厳しい立場に立たされるのは十中八九間違いありません。こうした中我々がSDGsという大義名分を掲げ環境大臣の側に立つなら、加堂政権や政府与党の不当性と横暴さを際立たせる報道になります」


「ふむ……」

 なぜかあの左沢が考え込んでいた。そしてやおら「——ひとつの考えとして頭に入れておこう」と言った。


(はぃ?)あっけにとられてしまったのは天狗騨だった。普段の調子(?)なら間違いなくなんらかの反発・反駁が戻って来ると、そう、とことん心底思っていたからである。


「ちょいとお前の所の部長にも挨拶していく」そう言うや左沢はもう社会部長の方へと歩き出していた。

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