第二百四十六話【SDGsとリニア中央新幹線 第8回『環境大臣にきく』】

SDGsとリニア中央新幹線 第8回『環境大臣にきく』



天狗騨「大臣、今日はよろしくお願いします」


環境大臣「こちらこそよろしくお願いします」


天狗騨「環境省の『SDGs』に対するスタンスについて伺いたいのですが」


環境大臣「もちろん推進の立場だという事は論をまちません。『環境を守れ』という主張はそれはそれで一理ありますが、人間、生きていくためにはやはり経済活動というものが必要です。環境を守るために一切の経済活動を停止させる事などできません。『持続可能な経済活動』、環境を守りながらどう経済活動を続けていくか、この現代日本にとって指針たり得る価値観です」


天狗騨「国としての課題でもある、という事ですね」


環境大臣「もちろんです」


天狗騨「ときに大臣はリニア大井川問題をご存じでしょうか? 大井川の源流である南アルプスにトンネルを掘った結果、大井川の水の流量がどうなってしまのかと流域住民がたいへんに心配をしています。古くから水のあるところに文明が栄えたと言いますし、経済活動に水は必須です。ここでリニア建設という別の経済活動によって大井川流域の経済の持続可能性を断つような事があったなら、『SDGs』という価値観とはまったく相容れません。この点大臣はどのようにお考えでしょうか?」


環境大臣「そうした問題のある事はもちろん認識しています。本当に難しい問題です。国としてはリニアも、大井川の水も、両立するような解決策を採る必要があります」


天狗騨「その解決策についてですが、全てをJRTKに任せてしまうのか、それとも国が解決の方向性を示す場合もあると想定しているのか、どちらになるのでしょうか?」


環境大臣「基本的にJRTKが解決策を示さねばなりません。しかしそれでもなお事態が少しも進展しないのであれば国が打開策を示すこともあり得るでしょう」


天狗騨「その際の打開策はSDGsという価値観に沿ったものとなると、そう考えて差しつかえないでしょうか?」


環境大臣「もちろんです」


天狗騨「しかしその打開策に否定的評価を下す者は必ず現れます」


環境大臣「そうでしょうね。しかしその場合も我々の打開策を丁寧に説明するのみです」


天狗騨「今の発言は〝打開策の反対者〟になどどうせ力など無いだろうと、タカをくくっているように聞こえましたが、南アルプス一帯は2014年6月12日にスウェーデンで開催された第26回MAB国際調整理事会において、南アルプスユネスコエコパークとして正式に登録承認されています。 つまり、ここでトンネル工事をする事自体が国際的に悪目立ちする事になります」


環境大臣「〝国際的に〟とは少し大げさな」


天狗騨「『ユネスコエコパーク』などと言うと、分かりにくいですか。この名称は日本国内で親しみをもってもらうためにつけられた通称で、海外では「BR:Biosphere Reserves(生物圏保存地域)」と呼ばれています。どうひいき目に見てもトンネル工事が生物圏を保存する行為のようには見えません」


環境大臣「う、むぅ……」


天狗騨「〝生物圏保存地域〟の設定は、ユネスコの自然科学セクターで実施されるユネスコ人間と生物圏(MAB:Man and the Biosphere)計画における一事業として実施されています。ではなぜユネスコがこうした地域を設定するようになったか、その目的ですが『生態系の保全と持続可能な利活用の調和(自然と人間社会の共生)』です。即ち地域の豊かな生態系や生物多様性を保全し、自然に学ぶと共に、文化的にも経済・社会的にも持続可能な発展を目指すと、こういう事です」


環境大臣「持続可能な利活用の調和も謳っているではないですか」


天狗騨「トンネル工事で大量の湧水が噴き出してしまったら、その状態を誰も持続可能とは見なさないでしょう。問題はユネスコエコパークとして南アルプス一帯を登録してしまった以上、その〝誰〟の中に外国人も入ってくるという事です」


環境大臣「外国人だとどうなるのです?」


天狗騨「政府としてはリニアは将来的に海外輸出も視野に入れているのでしょう? となればリニアに環境破壊・自然破壊のイメージはつけられたくはない筈です。以前、『捕鯨』で外国人の環境保護運動家の活動によってかなり日本のイメージは傷つけられました。『捕鯨は文化だ』は主張として成り立たない事もありませんが、トンネル工事を正当化する理屈は厳しい。リニアはイメージ的に相当なダメージを負うことは避けられません。リニアは高価ですから輸出先は欧米が有力でしょう。しかし環境保護運動家の活動が活発なのも欧米です。これでは輸出のブレーキとなるのは確実です」


環境大臣「ぬ……」


天狗騨「現段階でも政府がJRTKの南アルプスルートを後押しするような事があれば、工事が始まる前からリニアに対するネガティブキャンペーンが始まる事態も考えられます。リニアは素晴らしい技術です。リニアそのものが環境破壊を誘発するような技術でなくても、どこを通るかというルート、それだけで損をするのは国家的損失なのではないでしょうか?」


環境大臣「た、確かにそれは否定できません」


天狗騨「はい。故に『SDGs』と『リニア』を両立させるために必要な打開策の中に『ルート変更』も入れておく必要があると思うのですが」


環境大臣「それについては前向きに検討する必要があるでしょうね」

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