第二百四十三話【SDGsとリニア中央新幹線 第6回『1年4ミリ、10年4センチ、60年24センチ』】

SDGsとリニア中央新幹線 第6回『1年4ミリ、10年4センチ、60年24センチ』



静狩「本特集記事の『SDGsとリニア中央新幹線』も早いもので第6回目、天狗騨さんとの対談パートも今日で終わりという事になります。そこで今回はタイトル回収ではないですが、別の視点、別の切り口からリニア問題を見てみようと考えています」


天狗騨「〝別の視点〟とはなんでしょう?」


静狩「『大井川の水問題』から一旦離れてみましょうと、こういう事です」


天狗騨「それはずいぶん大胆な話しですね」


静狩「リニア南アルプストンネル掘削に伴う『大井川の水問題』は静岡県民にとって一大関心事であり心配事なのですが、この視点からばかりの問題提起だと『SDGs』を絡めてさえも全国的な共感はなかなか広がってはくれません」


天狗騨「世知辛い話しですね」


静狩「そこで今日は南アルプストンネルそれ自体が『SDGs』に合致するか、といった視点に立ちたいと思います。つまり『南アルプストンネルは持続可能か?』という意味になります」


天狗騨「『南アルプストンネルが大井川流域の持続可能性を脅かす』ではなく、『トンネルに持続可能性があるか』という事ですか? 不思議な視点です」


静狩「リニアを語る上で頻繁に持ち出されるのが『経済効果』です。しかし一旦開通させてもそう長い時間を置かずに使えなくなってしまったら、リニアの建設も運用も持続可能な経済活動とは言えなくなってしまいます」


天狗騨「『使えなくなってしまったら』というのは〝壊れる〟という意味に聞こえたのですが」


静狩「リニア南アルプストンネルは、たとえ難工事の末これを完成させたとしても破断の可能性があります」


天狗騨「詳しい説明をお願いします」


静狩「南アルプスは〝年間平均4ミリ〟の隆起速度で今現在も高くなり続けています。この速さは尋常ではなく日本では最速、世界でもトップレベルであると言われています」


天狗騨「まるで地面が生きて動いているようです。いったいどういう事でしょう?」


静狩「南アルプスには非常に特殊な地質的特性があります。南アルプスの東側に『糸魚川静岡構造線』があり、西側には『中央構造線』があるという、固有名詞のついた断層の狭間にあるのが南アルプスです。南アルプスが隆起し続けている原因ですが、プレート運動の結果としてこういう事が起こっているのだと考えられています」


天狗騨「『プレート』とは?」


静狩「地球表層を形づくる厚さ100キロメートル内外の岩盤をプレートと呼称します。現在の地球表面は大小十数個のプレートでモザイク状に敷き詰められているという事ですが、このうち四つのプレートがぶつかる位置にこの日本列島があります」


天狗騨「世界に十数個しか存在しないのに、そのうち四つもこの日本と関係があるのですか?」


静狩「そうです。『北米プレート』、『ユーラシアプレート』、『フ ィリピン海プレート』、『太平洋プレート』ですね。このうち南アルプス隆起に関係しているのはユーラシアプレートとフィリピン海プレートです。南アルプスはフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込むところに位置し、北西側へと圧力が加わり続ける事によってその地層を褶曲しゅうきょくさせながら隆起して現在の姿になったと考えられています。先ほど触れた『糸魚川静岡構造線』が〝この両プレートの境界線である〟という説も存在します。そしてこうしたプレートの動きは今この時も続いていて、強い圧力は現在進行形で加えられ続けています。その証拠が年間4ミリのペースで高くなり続けている南アルプスです」


天狗騨「そう聞くと、改めてとんでもない場所にトンネルを掘ろうとしているのだと戦慄を覚えます。年間4ミリと言いますがレールが4ミリずれたら列車が脱線転覆しますよ」


静狩「4ミリレールがずれて放置は無いでしょうね」


天狗騨「さらに言うならそのペースだと10年で4センチです。そして東海道新幹線が開業してからおよそ60年、リニアにもそれくらいの時間が流れたら24センチもずれる事になります。レールくらいなら一週間に一度の点検で常にズレを修正していく事くらいは可能かもしれません。しかしトンネルそのものの調整が効くとは思えません。素人考えですが、隆起という事はトンネルは上方向に引っ張られるわけですから、トンネルは『へ』の字型に折れてしまう理屈になります。このへの字型に曲がり続けるトンネルを場当たり的な補修工事で維持できるとは思えません。トンネル崩落の危険さえ感じさせる。確かにこの南アルプストンネル、完成したとしても果たして維持できるのかどうかかなり怪しいものです。これは間違いなくSDGs案件ですよ」


静狩「ありがとうございます」


天狗騨「しかしこれほど重要な事をJRTKが認識していない筈がありません。これについてJRTKはどんな対策を立てているのでしょうか?」


静狩「前回名前の出た『『環境影響評価(アセスメント)の配慮書』という資料の中でJRTKは『南アルプスが突出した隆起速度になっているわけではない』との見解を示しています」


天狗騨「年間4ミリの隆起が〝突出した隆起速度ではない〟という認識なんですか? 数字を認識していないのでは?」


静狩「いえ、『年間4ミリ』は確実に認識しています。と言うのもJRTKは『隆起速度は概ね1〜4ミリ/年程度である。この隆起を主体とする変動は周辺の変動領域と連続的に発生するものであり、周辺領域との間に隆起速度と同等の変位が累積するものではない』との見解も同資料の中で示しているからです」


天狗騨「しかし解りにくい日本語ですね。『この年4ミリの隆起は周りも一緒に隆起しているから年4ミリにはならない』という意味でしょうか?」


静狩「なんとも言いようがありません。しかし問題は『隆起』だけではありません。同時に『崩壊』の問題もあるのです」


天狗騨「『崩壊』というと山崩れという事ですか?」


静狩「そうです。南アルプスという山岳地帯は低緯度に位置するため温暖多雨なのです。したがって地形が常に水の影響を受けます。流水によって侵食され、また土砂が大量に流されていきます。そのためいたるところで大規模な崩壊が進んでいるのです。南アルプスやその周辺で見られる『ナギ』や『クズレ』の付く地名は崩壊地であることに由来しています。昨今『田代ダム』というダムの名をよく耳にします。南アルプスを水源とする大井川は急な流れと豊富な水量からダムの適地とされ、ダムがいくつか造られ水力発電に利用されてきました。しかしその一方で南アルプスから大量の土砂が供給され続け、それがダムの底に溜まりダム能力を低下させるという問題も抱えています」


天狗騨「つまり、リニアの問題はトンネル部だけではなく、トンネルではない所にもあるという事ですね」


静狩「そうです。太陽の下を走る部分、地上部についてもどれほどの安全性があるのか疑問です。これはリニアのケースとは逆になりますが静岡県にはこんな例もあります。東海道本線の用宗—焼津間はかつて、海沿いの、それこそ風光明媚な場所を通っていました。『大崩おおくずれ海岸』です。しかしその名が示す通り崖崩れが多発しあまりに危険なため新たなルートでトンネルを掘り用宗と焼津を結びました。海沿いの区間は廃線です」


天狗騨「なるほど、トンネルの是非もケースバイケースというわけですね」


静狩「はい、その通りです。リニアも鉄道なのですから乗客の安全を第一に考えて欲しいところです」


天狗騨「まさしくです。新幹線の国際的評価はその速さだけではなく安全性にもあるのだという原点を思い出して欲しい所です。さて、この対談についてはそろそろ締めですが、締めにあたって『疑問点の羅列』だけではこの特集記事の意味が半減するように思えます。よってこの際我々は『我々の結論』をはっきり示しておくべきではないかと考えますが」


静狩「まったく同感です。リニア中央新幹線の問題は南アルプストンネルだけではありません。この『南アルプスルート』そのものに問題があります。目的地に早く着く事だけが鉄道に課された使命ではありません。『安全に、そしてなるべく早く』こそが使命です。優先順位を間違えてはいけません。既に工事を始めていようと、この『南アルプスルート』は白紙撤回し別ルートを考えるべきです」


天狗騨「ルート変更ですか、大胆のようにも思えますが私もまったく同感ですね。電車に乗っていたら山岳遭難者になったなど論外もいいところです。さて、明日以降ですが、この『南アルプスルート変更案』を各責任者に私が直接ぶつけに行く内容となっています」


静狩「天狗騨さんの活躍を楽しみにすると同時に期待しています。ありがとうございました」


天狗騨「こちらこそありがとうございました」

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