第二百四十二話【〝第5回〟に対しての社会部デスクの嫌味が無い⁉】
さて、今日は社会部デスクの姿がASH新聞社会部フロアにある。と、同時に天狗騨記者が任された特集記事の第5回目が載っている日でもある。
ただ今その天狗騨はパソコン上で特集記事の原稿チェック中。この二人が同じ所にいながら朝から午後までなんらの接触も無い。
昼を過ぎてからこの事に(あれ?)と気づいた天狗騨の隣席に座る中道キャップ。この些末な事がなぜか気になり始めて仕方なくなっていた。
摩擦的接触は〝社会部デスクから〟といったパターンばかりである。だからつい社会部デスクの方へとチラチラ視線を送ってしまう。
むろん特別何の反応も見えない。中道には敢えて無視しているような趣きさえ感じられた。
あまりに何も起こらないので(天狗騨はどう思っているんだろうか?)と、これまたつまらない考えに囚われるようになった。天狗騨なら容易く声を掛けられる。遂に我慢できなくなった中道は、横目で天狗騨の動きを観察しつつ、椅子の背もたれを後ろへ反らせて天狗騨が大きく伸びをしたタイミングで話し掛けた。
「天狗騨、今日はデスクから何も言われてないな?」
「そう言えばそうですね、たまにはこんな日があってもいい」とニカッと髭もじゃの口を開いて笑ってみせた。
率直に(上機嫌だな)と思った中道は超率直に天狗騨に訊いてみた。
「なぜ何も言われないと思う?」
「キャップなら解っていると思いますよ。ASH新聞社員ですしね」とよく解らない返事を戻してくる天狗騨。
「今日の第5回からは〝お前らしさ〟が読み取れた。名古屋や東京に着くまでの〝時間〟がどれだけ短くなるかを問うのなら建設時間も含めたトータルの時間で考えるべき、っていうアレだな。『建設に時間がかかればその分リニアを使って名古屋や東京に着くまでの時間も長くなると考えるんです』だなんて、いかにもお前が言いそうな事だ。この回は一方的なSZO新聞の意見広告のようにはならなかった。だからデスクも何も言うことが無い」根が真面目な中道は、実に真面目に考え、言った。
「ありがとうございますキャップ。そう言って頂けると嬉しいですね。その分析は〝当たり〟ですよ。しかし元来私が個人的意見を主張する事を会社(ASH新聞)は好んでいません」
「はい?」
「ここだけの話し、編集会議の席ですごく評判が悪いのが〝SZO新聞の静狩記者との対談部〟なんです。第2回目から第4回目にかけての3回分の間に相当言われました。もちろんこの3回は主張すべきを主張し強引に押し通しましたが、さすがに〝そろそろ限界と〟悟らざるを得なくなりまして、それで軌道修正です」
「『インパール作戦』だとか『戦前の軍部』だとかか?」中道は閃いた直感に忠実となってことばを発した。
「やっぱり解ってるじゃないですか、さすがはキャップです。入れた甲斐がありました」と天狗騨。
(入れた?)そのことばに少し引っかかりを覚えた中道。
「〝後から〟って事です」天狗騨は中道の内心を察し言った。
「この特集記事は対談を録音したものを文字に起こしたんだよな? じゃあその時はそんなことばは言ってなかったのか?」
「演出ですね」
(ヤラセじゃないのか?)と思わず思ってしまう中道。
「予想以上に嫌悪感が強かったって事です。なので静狩さんに相談した上で入れさせてもらいました。割と違和感無く組み込めたと思いますよ」
「向こうはそれに同意したのか?」
「〝やむを得ず〟といったところじゃないですか。『入れさせて欲しい』と言ったら却ってこちらの立場に同情されてしまったくらいです。まあ、かの文言を入れても入れなくても元々の文意はまったく変わらないようにしましたし、ちょうど良い案配の調味料になったとも言えます」
「それでこの5回目の編集会議での反応は?」
「前ほど嫌味を言われなくなったと、そう実感しました。雰囲気は確実にマイルドになりましたね。出席者の皆さん、口にこそ出しませんが『ASH新聞色が出ている』と納得できたのではないでしょうか」
(第二次大戦を持ち出し対象を批判をすると満足してしまうというのがいかにも……)と思った中道だったがここは決して口には出せない。
「しかし天狗騨、それを自主判断でやったとすると、お前も上役の顔色を窺えるようになったんだな」
この中道のことばには多少の棘があった。ただ天狗騨の普段からの言動に最も多く接して来た者として、(よく自己嫌悪に陥らないな)とついつい思ってしまったのである。
しかしそう言われても天狗騨は悪びれる事無く、
「ここは窺っておかないと、部長や静狩さんの期待には応えられません」と口にした。
(コイツはこんなにまともな奴だったのか……)と中道が思わず感嘆調に思った傍からもう天狗騨が次を喋り出していた。
「『目的のためには手段を選ばず』、私の好きなことばです。むろんテロリストと違って法の範囲内を心がけますが」
「……」
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