第二百三十九話【SDGsとリニア中央新幹線 第4回『新東名高速道路と戻ってこない水』】

SDGsとリニア中央新幹線 第4回『新東名高速道路と戻ってこない水』



天狗騨「『新東名高速道路』とはまた意外な名を聞きました。しかし改めて考えれば、線路が道路になっても東西を繋ぐ交通路である事は変わりませんし、高速道路にもトンネルはつき物です。すると高速道路のトンネル工事でも水問題が起こったわけですね?」


静狩「はい、そうです。現場は静岡県掛川市です」


天狗騨「また静岡県なんですね。いったいどのような事案なのでしょうか?」


静狩「前回少し触れましたが1999年の事です。当時は新東名高速道路は建設中で掛川では『粟ケ岳あわがたけトンネル』というトンネルの掘削が行われていました。その掘削現場でやはり水が出たのです」


天狗騨「するとやはり〝水涸れ〟が?」


静狩「はい。粟ケ岳トンネル工事現場での出水後ほどなく周辺地域で異常が発生しています。東山地区という場所では地下水を源とする簡易水道が断水しました。倉真地区という場所では農業用水を採る沢が枯れています。当時粟ケ岳の北側のふもとで茶農家をしていた男性は『切れたことのない沢が突然2キロくらいの範囲で干上がった』と証言しています」


天狗騨「そうした事態が起こり得る事は事前に予想されていなかった、という事でしょうか?」


静狩「そうです。先ほどの茶農家をしていた男性の話しなんですが、着工前に高速道路事業者による説明会が開かれたが「水枯れの可能性の話はなかった」との事なんです」


天狗騨「それは重大な事案です」


静狩「はい、重大です。しかし新東名粟ケ岳トンネルはここから後も〝重大〟なのです」


天狗騨「どう重大なのでしょうか?」


静狩「事業を引き継いだ高速道路会社は、これまで利用できていた水が利用できなくなった地域住民のために〝水が元の通りに出るよう勤めた〟のです。しかし水は元には戻らない」


天狗騨「具体的にはどのように〝勤めた〟のでしょうか?」


静狩「まずはトンネル内の止水工事です。そしてこれもまた思い出して欲しいのですが、前回少しだけ『導水路』の話しに触れましたね?」


天狗騨「確か、リニア南アルプストンネルから大井川に水を戻すために、トンネルのみならず〝水路も造る〟という話しでしたね」


静狩「そうです。『導水路』とは〝水を引くために造る人工水路〟の事です。高速道路会社は地域の農業事業者のために別の川からおよそ2キロの導水管路の整備をし、加えて中継ポンプの設置もしました。つまり最初から造るとは考えてはいなかったにせよ『導水路』を造ったのです」


天狗騨「その結果は芳しくなかった、という事なのでしょうか?」


静狩「はい。その導水路から水が出てこない。最初に触れたトンネル内止水工事の効果も芳しくなく、結局オチは〝金銭的補償〟となってしまいました」


天狗騨「つまりそれは『お金をあげるから我慢してよ』という意味で、その場所でのこれまで通りの生活が不可能になってしまったという事ですね、持続を不可能にしてしまって、まったく『SDGs』とは相容れない事態です」


静狩「そうなんです。『トンネル工事で水が減っても導水路工事で減った水は元に戻せるから』というのは自然を相手にあまりに謙虚さを欠くというのか、舐めているとしか言いようがありません」


天狗騨「まさしく〝人間の驕り〟だと思います。現実には人間はそれほど万能じゃあありません。事前に水涸れの予測もしていなかった地下水相手にこの体たらくでは、一級河川大井川の水など元に戻せる筈もありません」


静狩「気がかりなのは今世相が非常に荒れています。大井川の水を利用する地域住民は現状の生活維持を求めているだけなのに、いつの間にか『カネが欲しいんだろう』とそちらの方に非難が向く可能性があるという事です」


天狗騨「大いにあり得る話しです。こうなるとますます『SDGs』が重要になるというわけですね。求めているものは〝カネ〟などではなく、〝持続可能〟であるんだと。こうしたアピールを粘り強く続け、社会に認知させていくことが益々必要ですね」


静狩「おっしゃる通りです」


天狗騨「ところで、素人考えの打開案なのですが、例えば入試です。入試のセオリーとして『解くのに大変な大問は後回し。解けそうな問題から解いていけ』というものがあります。言い換えると『困難に積極的に挑戦するのはなるべく避けるに越したことはない』、という一種の功利主義です。そこで翻ってリニア南アルプストンネルです。このトンネルを掘ろうとすれば『大井川の水問題』という大問にぶつかるのは間違いありません。そこでこの大問に果敢に挑戦するのではなく敢えて避ける、つまりリニア問題は〝ルート変更〟が開通への最適解なのではないでしょうか?」


静狩「ただ〝ルート変更〟が最適解になるためには、あくまで〝合理的判断基準〟に拠るならば、という条件が付きますが」


天狗騨「今の発言は『合理的判断基準に拠らないルート変更ならあった』と聞こえましたが」


静狩「そうとしかとれないケースが現実にありました」

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