第二百三十八話【東京視点】
今日の天狗騨記者は平和である。なぜなら社会部デスクが会社に来ていないからである。別に〝コロナに感染した〟からではなく、普通に休みなのである。
新聞社はその企業性質上、基本〝月月火水木金金〟で会社そのものから人がいなくなる事はないが、社員は人間である。だから当然一週間の間に二日の休みがある。
(ウチは労働基準法を守っているなぁ)と嫌な上司がいない会社での一日をゆったりした気分で過ごしている最中の天狗騨記者の元へと部下の祭記者が早足でやって来た。
「天狗騨キャップ、少しお耳に入れたいことが、」と祭は切り出した。
「政治部に戻るんだな、ご苦労さん」と天狗騨がねぎらいのことばをかけた。
「なに言ってるんです? 勝手に所払いしないで下さいよ」不機嫌そうな顔をしながら祭は言った。
「特集記事の取材の間だけの措置だと思っていたが、」と天狗騨。
しかし今度は祭はその言には反応せず本題と思われる別の話しを切り出してきた。
「政治部の先輩方から聞いた話しなんですが、早くもあの特集記事の影響が出ている節があります」
「え?」と意外そうな顔をする天狗騨。まだ始めてたった3回なのだから無理も無い。天狗騨の目論見では国土交通大臣や環境大臣の登場以降にそうなるものだろう、と頭から思い込んでいた。
(今朝の朝刊に『第3回目』が載ったばかりだ。すると影響を与えたのは1回目か2回目という事になる)
「早すぎないか?」率直過ぎるほどに天狗騨が口にした。
「同感ですが事実は事実です。先輩方が何人かの与党政治家からあのリニアの特集記事にどんな反応があったか探りを入れられたって言うんです」
「与党なのか?」
「まぎれもなく与党です。天狗騨キャップ、これはもしかして、ですよ」祭はニヤリと笑いながら言った。思わずつられて笑いそうになった天狗騨だが、
「いや、ぬか喜びはやめておこう。全て終わってからだ」と自身を戒めた。
しかし天狗騨としては内心は悪くない気分である。とは言え引っかかった。何しろ間違いなくこうした与党議員の反応の原因は二択だからであった。
(『東京視点』の効果なのか? 『SDGs』の効果なのか?)天狗騨は考える。
(——『SDGs』という造語は真っ正面から否定はしにくく〝取り敢えず肯定しておけ〟といった立ち位置にいる。そのポジションは〝流行語〟に近い。それをまして与党の政治家が〝これを実践しよう〟などと、そんな事を心底考えているとも思えない)
(——SZO新聞の視点はあくまで『大井川とリニア』という静岡ローカルなものだった。しかしリニアの南アルプストンネルは否定され葬り去られるどころか『リニアは国策』という事になり、より強く推進されてしまっているのが現状だ)
(——しかし祭君の話を聞くに、『東京視点』を持ち出した結果与党の政治家達の反応は早く、だが表だったリアクションはしない一方で無視もできないという態度を示していた、という)
(——するとやはり『東京視点』の効果なのか……)
自分でやっておいて天狗騨は気持ちがブルーになった。『東京』を絡ませないと問題が問題としてさえ認識されないという現実に。
(だから沖縄基地問題がこの体たらくなのだな)と思わざるを得ない。
「天狗騨キャップ、どうかされましたか? この後の記事の構成を変えますか?」
祭の声でハッと我に返る天狗騨。
(いや、あくまで主題は『SDGs』だ。だから大井川なんだ)と決意するように思い直す。
「いや、予定通りに行く。デスクには文句を言われたが『連載第1回目』はやはりあれで良かったという手応えを得た」天狗騨は言った。
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