第二百三十六話【〝第2回〟に対しての社会部デスクの嫌味】

 本日の朝刊にも天狗騨が任された連載が第2回分として大々的に掲載されている。そして昨日に引き続き天狗騨記者に突っかかっている社会部デスク。


「天狗騨ァ、なんなんだあの手抜き記事はっ!」


 天狗騨が任されたリニア中央新幹線の特集記事は当初の予定では通しで一面左上への掲載が計画されていた。が、今日はその位置が変わっている。

 紙面の中ほど、見開きのオピニオン欄にその位置をずらしている。というのも『対談記事』という形式の記事はスペースの大食いでかなり紙面を占有してしまう。それ故掲載面がオピニオン欄になったのである。

 栄光の一面からは天狗騨の記事は消えたが、オピニオン欄の三分の一強の広大な面積を天狗騨の記事が占有しているのが社会部デスクは心底気に食わない。(如きが!)と思ってしまう。


「手抜きというと、デスクは〝対談形式〟に不満があるわけですか?」パソコンに向き合っていた天狗騨は仕事の手を休め社会部デスクを見上げながら訊いた。


「大ありだ!」


「しかし〝手抜き〟はないでしょう。最初こそ音声録音ですが、文字に起こす際には推敲はしているわけですよ」


「当たり前の事を自慢するな!」


「そうした視点に拠る苦言なら今日一回聞けば充分ですね」


「一回だぁ?」


「この後毎日毎日同じ事を言わないようよろしくお願いします、って事です」


「遂に開き直ったな。こんなものをあと4回も続けるなど論外も論外だ!」


「あと4回じゃないです。この対談形式の記事はこの後『第9回目』まで予定しているんですが」


「なにイ? 『第6回目』までじゃないのか? 今日の紙面にはそう書いていただろうが」


「SZO新聞の静狩さんとは、ですよ」


「じゃあ7回目、8回目、9回目は誰と対談するんだ⁉」


「読んでからのお楽しみ、じゃダメなんですか?」


「俺の所にお前の書く記事の中身がまったく入って来ない事が問題なんだ!」


「しょうがないですね。じゃあ種明かしをしますと、第7回目は国土交通大臣、第8回目は環境大臣、第9回目はJRTK社長を予定しています」

 天狗騨が渋々と種を明かすと、しかし社会部デスクは意外な事を口にした。


「ならば7回目、8回目、9回目については問題が無いな」


「どういう風の吹き回しです?」怪訝そうな顔で天狗騨が訊いた。


「自分の口でを喋ってしまっているのに自分の記事のおかしさに気づかないとは、まさにミイラ取りがミイラだな」なぜか余裕がありそうに社会部デスクが口にした。


「ならば端的に指摘をお願いしますよ」

 天狗騨としては(なんでこんな所でマウントとってるんだ?)としか思いようがない。


「いいか天狗騨、対談形式の記事が成り立つためには対談相手に一定程度以上のネームバリューが必要なんだ。『静狩』とか言ったか、どこの誰だか解らない地方紙の記者との対談記事などあり得ないんだ!」


「それで国土交通大臣や環境大臣やJRTK社長は問題無いと言うわけですか」


「当然だ」


「しかしデスク、『あり得ない』と言いましたが実際あり得てますよ。今日のASH新聞の紙面がその証明です」


「本来ならばこんなバカな決定など許される事じゃない!」


「言いたい事は解りましたが、新聞記事も解りやすく伝えてこそですよ。だから対談相手が有名人だとか無名だとか社会的地位がどうであるとか私にはまったく関係がありませんね」


「天狗騨、お前は昨日『あくまで読者の興味を引いてこそ』だとか抜かしていただろう!」


「抜かしましたね」


「ふざけた言い方をするんじゃない! いいか! 解らないようだから同じ事でも何度も言ってやる。どこの誰だか解らない地方紙の記者との対談記事など読者が興味を持つと思っているのか⁉」


 社会部デスクはかなり核心を突くような言を発した。しかしなぜか天狗騨は落ち着き払った態度。

「私も〝そうなりかねない〟と読んだ上で〝〟を用意したつもりだったんですがね」と、余裕ありげに口にした。


「フン、自信たっぷりに適当な事を言ってもそんなものは虚勢に過ぎん!」


んだと、『第2回』ではハッキリそれを書いて読者に伝えています。それこそ『天下のASH新聞がなぜ地方紙などと提携しているのか』と、読者はここに興味を持ちませんかね?」


 はまさに天狗騨が口にした通りだった。『天下のASH新聞の紙面上でなぜ地方紙の記者如きが記名で我が物顔で語っているのか』、という。

 即ち『ASH新聞>有象無象の地方紙』というある種の差別意識がここに存在している事を、天狗騨はわざわざ音声に出し示してみせたのである。

 そしてそれはまさしく社会部デスクにとって図星だった。しかもただ図星なだけでなく『逆に興味を引くんじゃないですか?』と、天狗騨はこうした差別的意識をもとして利用してきたのだった。


「おっ、落ちぶれたと思われるだけだ」と捨て台詞気味な物言いを吐く社会部デスク。その声はどこか狼狽気味。主語は省略されているが、むろん〝ASH新聞が落ちぶれた〟という意味である。


「私は口さがない連中の言に左右はされませんね。何しろ私には信念という芯があります。リニア中央新幹線についてのこれまでのSZO新聞の取材の積み重ねはウチ(ASH新聞)の比じゃありません」


「う、ウチ(ASH新聞)が劣っていると言うのか⁉」


「権威主義からは自由になりましょう、デスク。大学教授の言ならありがたがるが新聞記者の言だとぞんざいに扱うというのも私の中の物差しに合いません」


 天狗騨は頭のネジが飛んだところがあるような男である。彼の中では〝ヒエラルキー〟など簡単に吹っ飛ぶ。

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