第二百三十五話【SDGsとリニア中央新幹線 第2回『SDGsと丹那トンネルとリニア南アルプストンネル』】

SDGsとリニア中央新幹線 第2回『SDGsと丹那トンネルとリニア南アルプストンネル』



天狗騨「こんにちは。本特集記事の執筆責任者のASH新聞社会部・天狗騨です。そして実はこの特集記事はまったく同じものが静岡県のSZO新聞にも同時掲載されるという非常に珍しいものとなっています。では同じく共同執筆責任者のSZO新聞政治部・静狩記者をご紹介します」


静狩「ただ今紹介にあずかりましたSZO新聞の静狩です。これもまた極めて珍しい記事表現となりますが、この連載記事の第2回から第6回まではASH新聞・天狗騨記者との対談形式でお送りする予定です。さっそくですが天狗騨さん、本特集のタイトルである『SDGsとリニア中央新幹線』についての解説をお願いします」


天狗騨「『SDGs』を解りやすく日本語に言い換えると〝持続可能な社会〟という事になります。人間の様々な経済活動が人間の社会的営みを破壊する事があってはならない。そんな事になってしまったらひいては人間そのものの存在を脅かす結果を招くという、戒めのことばであると私は理解しています。私は一級河川大井川の水源をトンネルでぶち抜くと聞いて、率直に『これまで川の水の恩恵を受け生活してきた人々はこれまで通りの生活を持続できるのだろうか?』と思いました。したがってタイトルも必然的に『SDGsとリニア中央新幹線』になったというわけです」


静狩「ありがとうございます。一静岡県民としてお礼申し上げます」


天狗騨「いえいえ、己の直感に忠実になっただけの事です。ところで、ここからは立場を入れ替え、私が訊き役の立場に回らせて頂きますが」


静狩「分かりました」


天狗騨「直近の静岡県知事選では多選気味であるにも関わらず圧倒的大差で現職が再選しました。やはりリニア中央新幹線・南アルプストンネルの影響があったとお考えでしょうか?」


静狩「はい、その通りと言って良いと考えます」


天狗騨「静岡県民のこの反応の原因はなんだと考えますか?」


静狩「丹那トンネル工事に伴う丹那盆地の水涸れ事件、こうした過去の出来事の影響が少なからずあると、そう考えています」


天狗騨「『丹那トンネル』について詳しくは知らない読者もいると思います。解説をお願いします」


静狩「はい。丹那トンネルは東海道本線・熱海—函南間にある全長7841メートルのトンネルです」


天狗騨「すると8キロ近いですね。かなりの長さです」


静狩「そうですね。まずはそれほどの長さのトンネルがなぜ必要だったのかについて説明します。例えば時刻表の地図、いわゆる路線図を見てもらえば解りやすいですが、東海道本線に『国府津駅』という駅があります。神奈川県小田原市です。ここから山側に向かい線路が延びています。『御殿場駅』を経由し、同じく東海道本線の『沼津駅』までぐるりと遠回りするように繋がっています。この路線は御殿場線と呼ばれています」


天狗騨「改めて地図で確認してみるとこの『御殿場線』、実に不思議な路線ですね。確かに遠回りです。建設目的はいったいなんなのでしょう?」


静狩「実は今でこそローカル線のようになってしまいましたが、この御殿場線こそが昔々、開業当初の東海道本線だったわけです」


天狗騨「なるほど、話しが繋がりました。『丹那トンネル』はこの遠回りルートの短縮のために掘られたわけですね」


静狩「その通りです。目的は、より早く目的地に到達する事。即ちスピードアップです」


天狗騨「それは今のリニアにも繋がってくる話しですね」


静狩「この遠回りルートは相当早い時期からの、それこそ東海道本線開業当初からの課題点でして、実は丹那トンネルを掘り始めたのは大正時代なんです」


天狗騨「大正時代まで遡りますか、それは古い」


静狩「はい。大正7年、つまり1918年から掘り始め、完成は昭和9年、1934年です。実に16年もの時間をかけました」


天狗騨「当時は当然国鉄ですしその上戦前。これはまさしく〝国策〟です。そしてこれまたリニアと繋がってくる話しですね。なにせリニア中央新幹線はこの現代の国策であると、政治家達も堂々公言していますしね」


静狩「はい。静岡県は首都圏から中京圏、近畿圏を結ぶ途上に位置し、そうした立地条件から歴史的に〝交通上の国策〟に翻弄され続けてきました。もちろんこうした立地条件の結果〝交通が便利になる〟という恩恵があるのは間違いありませんが、こうした〝国策〟には必ず負の側面も付きまとっています。それがトンネル掘削に必然的に付きまとう『水問題』です」


天狗騨「丹那トンネル工事で『水問題』が起こったという事ですね」


静狩「はい。丹那トンネル中央部辺りの直上に『丹那盆地』という盆地があります。丹那トンネルの工事を開始する前は『稲作』、また『ワサビ栽培』さえも可能なほど水が豊富な土地でした。それがトンネル工事後水涸れを起こしてしまったのです」


天狗騨「水が涸れたという事は『水が無くなってしまった』という事ですね」


静狩「ただ、そこは厳密さが必要な点なのですが、実は丹那トンネル坑内からは今も大量の水が湧いていて、現在熱海の水道水や函南地区の農業用水として活用されています」


天狗騨「そうなんですか、それは少し意外です」


静狩「ただ、丹那盆地は元には戻りません。稲作もワサビ栽培もここで再び行う事は不可能なままです。水そのものは無くならなくても元の場所には戻ってこないのです」


天狗騨「それはまさに『SDGs』の問題ですよ。丹那盆地における経済活動の持続性が丹那トンネル工事によって途切れてしまったわけですから。歴史は繰り返す。リニア中央新幹線・南アルプストンネルでも再び同様の事が起こるのではないかという懸念があるわけですね」


静狩「その通りです、しかもより大規模に起こる可能性がある。天狗騨さんも指摘された通り何しろ大井川は一級河川です。農業用水はもちろん工業用水、生活用水、様々に利用されています。その水源部に穴を開ければ影響を受ける人々は全流域に及び非常に広範囲になるのは確実です。果たしてリニア中央新幹線・南アルプストンネル掘削工事開始後にこれまでの経済活動や生活が持続可能であるのかどうか。ここに『SDGs』という価値観を指標として用いる事は非常に現代的ですし、極めて重要な視点であると、その点私もまったく同感です」

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