第二百三十四話【〝第1回〟に対しての社会部デスクの嫌味】

 他人、それも気に食わない他人に対しては徹底したダメ出しをして腐そうとする人間は割とよくいるものである。ここは例によってASH新聞東京本社社会部フロア。


「天狗騨ァ、なんだあの記事は。まったくなってない。ド素人が書いたようだ」

 そう言って天狗騨記者に突っかかっていったのは社会部デスクだった。本日の朝刊に天狗騨が任された連載の第1回分が大々的に掲載されている。


「デスク、私は部長から『自由にやって良い』と言われているんです。編集会議だってあの記事で通ったわけですよ」天狗騨はあくまで〝正当性〟を主張する。

 だがデスクの意向などお構いなしな記事が載ってしまうというのも異例中の異例。故に社会部デスクは余計イライラが募っている。


「『これはどういうことか?』だとか『なにゆえであろうか?』だとか、そんなバカげた記事の書き方があるか! そんなものをわざわざ記者が書くなど茶番もいいところだ!」社会部デスクはこういうケチのつけかたをしてきた。


「あくまで読者の興味を引いてこそですよ。読者に『続きを読んでみたい』と少しでも思わせなければ社会に影響力など与えられませんよ」


「それでわざわざ『東京』を持ち出したのか?」


 天狗騨はニカッと髭もじゃの口を開いて笑い、

「ええ。リニア工事は静岡県という一ローカル地方の問題じゃないんだと、ある種の当事者意識の無さを予め粉砕しておく必要があったものですから」と口にした。


「誉めてなどいない! これは煽動だ!」社会部デスクは怒鳴りつけた。


「しかし『東京』を持ち出さなければSZO新聞がかつて掲載した記事の焼き直しに過ぎなくなりますからね、我が社(ASH新聞)の特徴を出すにはというものも必要なんですよ」


「相変わらず口だけは減らず口だな。だが記事の中身が全くタイトルと無関係になっている点についてはどう説明する? 今日掲載された1回目のどこが『SDGs』なんだ⁉ 中身に偽り有りだ!」なおも突っかかりをやめない社会部デスク。


「『SDGs』は誰も逆らう事のできない大義名分ではありますが、これを主張し続ける人間が強い反感を持たれてしまうという事実も一方ではあるわけです」


「大義名分を唱える人間が反感を持たれるというのはまったく非論理的だ。何が言いたいのかさっぱり解らんが」


「こう言ってはなんですが『大義名分を』という視点を持ちましょう。現に『報道の自由を護れ』『言論の自由を護れ』といった大義名分を言っている我々ASH新聞が、社会の決して少なくない数の人間達から反感を持たれてますよ。『反日排日宣伝専門の大手広告代理店』にされている現実を直視しましょう」


「おっ、お前っっっ!」天下のASH新聞が『大手広告代理店』と同じにされ思わずムッとする社会部デスク。


 『大手広告代理店』という大企業。この企業の元役員にして2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の理事だった男が受託収賄容疑で逮捕された。同大会スポンサーだった企業・紳士服販売大手から総計5,100万円の現金を受け取った容疑である。紳士服販売大手がオリンピック公式スポンサーになれるよう便宜を図った疑いがある。(組織委の役職員は法律で公務員とみなされており、職務に関して金品を受け取れば罪に問われる。むろん贈った側も贈賄容疑で逮捕された)

 そして、スポンサー選定の実務を担っていたのが前述の『大手広告代理店』。公式ライセンス商品の事前審査を担うオリンピック組織委の部局にも同代理店から多くの社員が出向していた。

 そこでまた繰り返しになるが、逮捕された2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の理事だった男は『大手広告代理店』の有力OB・元専務であった。退社後も同社に影響力を持っていたと見られている。要するにこの企業は2020東京オリンピックのスポンサーを巡る贈収賄事件の欠かざるべき舞台となった。

 また、この『大手広告代理店』は、入社したての若手女性社員を自殺に追い込んだ事もあった。

 それらが積もり積もってこの企業に対する社会的イメージは非常に悪い。


 そんなイメージの企業であっても、ある種の立場の人間にとってはその存在は〝必要悪〟らしく、なにをやっても潰れないというその特異な企業体質がさらに社会のよどんだ憎悪の対象となっている。

 そうした企業とASH新聞社がイコールになっていると天狗騨は割と平然と指摘してみせたのである。だが社会部デスクは『お前』と言ったぎりでこの後の上手い反論のことばが続かない。

 そんな社会部デスクに対しまたも天狗騨はずけりと言い放った。


「私は味方の溜飲を下げるだけの記事や主張に価値を見いだしてはいません。むしろ味方でない者をどれだけこちら側に取り込めるかを念頭に置いて記事を書いています」

 〝記事の文章の書き方〟など些末な事と言わんばかりであった。


「なんだとぉっ⁉」

 社会部デスクは今度は〝ムッ〟どころではなく〝〟となった。それはこれまでのASH新聞の紙面を全否定されたように感じたからである。しかしやはり天狗騨はいつものように全くのマイペース。


「有り体に言って『SDGs』を声高に唱える人間は環境派なんです。ここ日本ではSSことシー・シェパードの悪行も手伝って環境保護を訴える人間が無条件に信頼されない土壌ができてしまった。だからこそまず『最新鋭のトンネル工事の工法を用いても事故が起こった』という重いファクトの提示が必要なんです。『SDGs』は2回目以降に出てきますから、まずは明日を楽しみにしていて下さいよ」


 そう言って再び天狗騨はニカッと笑ってみせた。シー・シェパードの悪行さえも己の論理構築のために利用する男、それが天狗騨である。

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