第二百三十三話【SDGsとリニア中央新幹線 第1回『東京外郭環状道路工事差し止めの衝撃』】

 SDGsとリニア中央新幹線  第1回『東京外郭環状道路工事差し止めの衝撃』



 『リニア中央新幹線の工期が延び延びになっているのは静岡県の反対によって工事が頓挫しているからだ』という批判がある。特に静岡県知事に対する風当たりは強く、リニア推進派にとっては静岡県こそが目の上のたんこぶ状態である。しかし実は反対者は静岡県外にも存在している。


 2021年6月、JRTKは東京都品川区でリニア中央新幹線の工事に関して住民説明会を開いた。これは実に奇妙な説明会であった。純粋に現行ルールに則るならば、住民に対する説明など必要無く、工事を進める事は可能であるからだ。


 これはどういうことか?


 『大深度地下』という概念が存在している。通常使われる事の無い、地上まで真上に40メートル以上ある地下空間を指す造語である。2001年施行の特別措置法によって定められた概念で、それ以前にはこうした価値観は存在しない。

 首都圏・中部圏・近畿圏の三大都市圏の一部区域を対象とし、公共目的の事業に限り国土交通相や知事が事業者にこうした地下空間の使用を認可する。

 今現在首都圏の『リニア中央新幹線』『東京外郭環状道路(外環道)』、近畿圏の『大阪府・雨水貯蓄施設』、『神戸市・大容量送水管』の4件で認可されている。

 この制度の最大の特徴は『地上の用地買収が不要』という点にある。本来この特別措置法に則るならば、〝利害関係者は存在しない〟という事になるわけだからJRTKがこうした住民説明会などを開く必要は無いのである。

 だが品川区における説明会に参加した人々はリニア中央新幹線の工事が行われる大深度地下の真上に居住している住人達であった。

 JRTKはこの説明会でリニアトンネルの直上、幅100メートル弱の範囲で、事前の家屋調査を約束。承諾が得られた住宅や商店に立ち入り傾斜やひび割れの有無を事前に調べる事とした。同様の措置は神奈川県や愛知県などの大深度工区でも実施される運びとなった。


 JRTKのこうした対応はなにゆえであろうか?


 大深度地下の利用に関する特別措置法で4件の認可が下りている事は前述した。このうち『東京外郭環状道路(外環道)』の工事で重大な問題が起きた。この道路は首都圏1都3県を半径約15キロで結ぶ総延長約85キロの環状路線であり、埼玉県・千葉県部分は既に完成している。都内の大泉—東名ジャンクション間(16・2キロ)の工事が未だ進行中で、うち14・2キロを大深度工事で行う。即ちトンネルである。2020年10月、東京都調布市のこの大深度部分の現場近くの住宅街で、道路陥没が確認されたのである。

 この重大事案発生の結果、JRTKは住民説明会を開催せざるを得なくなったわけである。


 そしてこの『外環道トンネル工事陥没事件』はさらなる衝撃を生むことになる。

 2022年2月、調布市住民らが国や高速道路会社などを相手に工事の差し止めを求めた仮処分申し立てで、東京地裁は一部区間の工事を差し止める決定をしたのである。

 道路というものはそれがたった一部でも繋がっていなかったらものの役には立たない。外環道の建設目的は都内の渋滞緩和のためであり、1960年代に構想された。しかし当初の高架方式での建設計画は環境悪化を訴える地元の反対で頓挫している。2003年になってようやくトンネル工事に切り替えて進み始めたという経緯があった。しかし外環道は東名高速に繋げられなくなり、よって都内の渋滞緩和など全く期待できない道路と化した。

 実はこうした地下40メートルより深い『大深度地下』を巡る裁判は、リニア中央新幹線工事についても東京都の沿線住民らが同様に起こしており、JRTKに対して工事の差し止めを求め現在も東京地裁で争っている。これもまた判決次第では外環道と同じ『繋げられない』という状態に陥る。即ち東京に着けないリニアになる可能性もあるのだ。


 「リニア中央新幹線に反対し計画を頓挫させているのは静岡県だ」という批判は俯瞰して物事を見た上での主張であるとは到底思われない。


 とまれ、筆者が強く指摘しておきたい事は『大深度地下に関する裁判の話し』ではない。『誰のせいでリニアが開通しないか』という話しでもない。


 トンネル工事に関し、最新鋭の工法でも陥没事故という事故が起こってしまったという事実。この事実が始まりなのであり、裁判の結果もこの事実を受けてのものだ。


 今回、取材を通じリニアを推進する立場の人々から異口同音に耳にしたのが、最新鋭の工法に対する奇妙なまでの絶対的信頼感であった。

 しかし、最新鋭の工法と言えども絶対で無い事は『外環道トンネル工事陥没事件』によって証明されてしまった。盲信というものは危険でさえある。

 『リニア中央新幹線・南アルプストンネル』がいかに無謀な工事であるか、第2回以降はこれをテーマにこの連載を進めていこうと思う。

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