第二百三十話【ワイドショーの尻ぬぐい】

『mRNAワクチン接種を問題とするならなぜASH新聞社がテロの標的にされるのか?』という天狗騨記者の問い。

 社会部長は〝その答え〟についての話しを始める。


「——そこで〝犯人の要求〟に戻るが、『この危険なワクチンを接種するよう大々的に宣伝したASHグループは己の非を認め謝罪をし、全ての被害者に対し補償をしろ』というのが我々ASH新聞に対して行われた要求だ」

 さらに続ける。

「——そして犯人はこうも言った。『政府が「新型コロナワクチンの接種をしましょう」と国民に呼びかけるだけで接種率8割を実現できたとは考えられない。政府のキャンペーンを、宣伝広報面で後押ししたのがメディア・マスコミ・報道機関だ』と」


「そう言えばあの犯行声明文には『』とかいう一節がありましたね」天狗騨はその中身を思い出す。

「——しかしそれは一般論としては一理あるのは認めますが、新型コロナワクチンを否定していた新聞なんてありましたかね? 我々ASH新聞が突出してキャンペーンを行っていたとは思えません。こう言ってはなんですがウチ以外がテロの標的にならなかった理由はなんでしょう?」と、天狗騨はを言ってのけた。


「天狗騨、お前の言う『ウチ』とはASH新聞の事だろう。だが犯人はASHグループと名指ししている。これがASH新聞社以外がテロの標的にならなかった理由だ」


「どう違うと言うんです? 『グループ』と『新聞』が」天狗騨は訊いた。


 社会部長は渋面を作りこう言った。

「厳密には犯人の恨みを買ったのは系列のテレビ局だ。だから『ASHグループ』と名指ししている」


「はぁ? どうしてテレビASH?」

 天狗騨が言ったとおり、ASH新聞社の系列テレビ局はテレビASHである。


「朝のワイドショーで毎日毎日新型コロナの恐怖を煽り、同時に『mRNAワクチンを接種すべきすべき』と推進キャンペーンを特にやっていたと、そういう言い分だ。まあ事実抜きん出てやっていたわけだが」


「だとしてもですよ、なんで就活生を装ってテレビASHに行かなかったんです?」と、またもを言う天狗騨。


「『テレビASHはASH新聞社の子会社だから』、だとさ」


「ASH新聞社がテレビASHの親会社だと思われたからテロの標的になったって事ですか?」


「そうだ。それがウチ(ASH新聞社)が標的として狙われた理由だ」


「厳密には親会社なんかじゃないですが」


「確かにそうだがかなりの長い間テレビASHの歴代社長はASH新聞社出身者だったし、今もって役員にはASH新聞社からの天下りも多いからな、そう見えてもしょうがない。とは言えここ最近は双方株の持ち合い状態だが悪く言えば運命共同体・一蓮托生の関係になってしまった——」


「——もはや一体化してしまっているという意味では『親会社じゃない』などと言ってみてもそんなものは犯人にとっては無意味だろう」


「我々の不始末で我々が実害を被るのならともかく、なんでテレビ屋のやった事で我々が、」とさも忌々しげに天狗騨が口にした。


「かと言ってASH新聞社単体ではこの先倒産の可能性もある。ウチはもう単体では赤字なんだ。この先もASH新聞を発行し続けるためにも関係を切るという選択肢は我々には無い」


「それはいくらウチがmRNAワクチンについて報道の方向性を両論併記に変えようとしても、単独ではどうにもならないって事じゃないですか」天狗騨は核心部に斬り込んだ。


「そうだな。テレビASHの連中からしてみたら後はこのワクチンが有害ではないか、あるいは有害でないとこの先も信じられ続けるかを期待するしかないといったところだ」


「それはもはやジャーナリズムの良心のカケラも無いじゃないですか!」


「—— 一番の道はテレビASHが我々のように方向性を変えられればいいんだが、これまでの新型コロナについての連中の放送が突出しすぎていて、今さらmRNAワクチンについて〝両論併記〟などしようとしても、傍からは露骨な逃げにしか見えない」


「——しかも国民の8割が接種と来ている。今さら『mRNAワクチンは危険かもしれない』などとテレビASHがキャンペーン報道などできるわけがない。それこそ犯人が意図した通りテレビASHに対し天文学的な賠償訴訟が起こされかねない」


「キャンペーン報道などしようとしまいといずれ真実の答えは出てきます。『超過死亡』という不穏なデータが既に出てしまっている以上、この後も『安心安全のmRNAワクチンです』などと言い続けたら、それこそASHグループは一巻の終わりです。それこそ所持している株式を圧力に使ってでもテレビASHをどうにかしないと!」


「それでは犯人の言うとおりASH新聞がテレビASHの親会社になってしまうぞ。テレビASHの不始末の責任をASH新聞が被る事になる」


「それを『報道しない自由』の理由にしておくと、このテロは『米軍慰安婦問題無き慰安婦問題』を理由として起こされたテロのままにされ、ASH新聞が最大の被害者になる! テレビASHをそこまでして守らなければならないんですか⁉」


「我々ASH新聞が単体で赤字になっていなければな。『貧すれば鈍する』とはよく言ったものだ」


「つまり犯人の真の犯行動機を報道しないのは経営上の判断という奴ですか。我々下の者のところに情報が来ないのはそういう事ですか?」


「の割に中間管理職の俺の所にまで降りてきているが。結局事が重大すぎて少数の人間で抱え込むには重すぎる問題だったという事だろう。そうやって中間管理職レベルまで巻き込まれた」


「これは組織ぐるみの隠蔽のパターンそのものです。いいんですか、これで」


「とは言え現下の状況で行動を起こすには前提条件が要る。mRNAワクチンが人体に有害だと証明できなければいけない。今さら『危険かもしれない』では踏み切れないだろう。それが上層部の総意だ」


「そういう名分を造りましたか。しかしジャーナリズムが問題提起しないで誰がすると言うんです? 事が確定した後の報道などなんの意味もありません! 『水俣病』の時を思い出すべきです! 工場から垂れ流される水銀が原因だと確定する前に報道を避けていましたか⁉ この行動はmRNAワクチン接種を国民に勧めた政府を守る行動です!」


「わざわざ『慰安婦問題』を持ち出してきた犯人の狙いは正にそこだろう。隠そうとする事を前提として我々ASH新聞をそちらの方向へと誘導しようとしている。さすがは東大生だな」社会部長は強烈な皮肉をかました。


「この際犯人の狙いに乗ろうが構わないんじゃないでしょうか。現に加堂政権は乗りましたよ」


「あの軽率さが無ければな」


 社会部長のこの何気ないひと言に、しかし天狗騨は反意を示した。


「というよりは計算を感じます。動機は『国立追悼施設報道』についての我々マスコミに対する憎悪でしょう。現に我々は対処に困っている。加堂政権は報復のためにこのテロに便乗したのは間違いない。どちらかがどちらを利用したというよりどちらも双方を利用しようとしたのではないでしょうか」


「或る種の共犯関係か」別に怒る様子も無く社会部長は口にした。


「『南京大虐殺報道』や『従軍慰安婦報道』の時にそれくらいの慎重さがあれば我々(ASH新聞)がこれほど憎まれる事も無かったでしょうに何を今さらですよ」と天狗騨も強烈な皮肉をかました。

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