第二百二十三話【天狗騨記者、大学教授のせいで憂鬱になる】
天狗騨記者は足取り重くとぼとぼと、とある大学キャンバス内を出口へ向かい歩いている。
「ずいぶんお疲れのようですね」と後方から祭記者が声をかけた。
「そうだな。なんか、疲れたよ……」と天狗騨。
「それでも収穫はあったと思いますが、」と祭が返した。
「ああ、南アルプスにトンネルを掘れば大井川の流量に確実に影響する、そのウラをとったようなものと言えるな、」と、一応は肯定的に現状を捉えてみせた————
しかしである——
「なぜあの教授は破砕帯が南アルプスに無いと思った⁉」とブチまけ始めた。
天狗騨の〝その言〟を引き受けたのはもちろん祭。
「あの教授は水の専門家で、地学というのか地質学というのか、そちらの専門家ではなかったという事なんでしょう」
「専門的知識を使い誤った答えを導き出すんじゃ〝専門バカ〟だぞ。仮にも教授なんだから最低限の教養くらいあると思うのが普通だろう」
「なんとも言いようが、」
「だいたい、鉱山の中の水の流れを南アルプスと比較している時点で怪しかったんだ。どこの土中でも〝条件が同じ〟なんてあり得ないんだからな」
「天狗騨キャップがキレ過ぎるんですよ。『ユーラシアプレート』とか『フィリピン海プレート』とか言い出すとは思いませんでした」
「そっちは多少なじみは無くても、『中央構造線』とか『糸魚川静岡構造然』とかはどこかで聞いた事があるだろう」
「言われれば思い出すといったところですか」
「けどな、俺の場合も実は言われただけだがな」
「あ、もしかして静狩さんですか」
「そうだ。だから咄嗟にああした切り返しができた」
「なるほど、そうだったんですね」
「祭君、受験勉強は真面目に取り組んだ方か?」天狗騨が〝珍しい話し〟をし始めた。
「取り組んだ方、だとは思いますね。必ずしも結果は伴っていませんが」
「同じくだな。しかしそれなりに苦痛は味わわされた」
「はい、」
「クソつまらん受験勉強を強いられ大学に入って、そこであの手の教授が学生達を待ち受けているなど冗談じゃない。文系にしかいないのかと思っていたがよもや理系にもいたとは」
「しかし温和しく引き下がりますかね、『南アルプスの破砕帯は大井川の東にあり真下にあるわけじゃない』とか言い出しそうですね」
「トンネル工事で破砕帯の水がスッカラカンになったら川の水を蓄える場所が無くなりそうだけどな、しかし何と言っても決定的なのは大井川真下の地質についてはボーリング調査してないって事だ」
「そうなんですか? そんなに杜撰なんですか?」
「事前調査をやればやるほどろくでもない結果が出てくるから調査などやりたくないのだと、そう勘ぐりたくなる。なにせせっかく調査をしてもJRTKは資料を出したがらない。その上もう山梨県側ではトンネルを掘り始めているからな」
「〝既成事実〟を先に造るやり方ですか、なんとも関東軍ですね」と祭がいかにもASH新聞記者らしい反応。
「だからこそこちらも時間が無い。急がねばならん」
「天狗騨キャップはこの後は?」
「取り敢えず特集記事の方針に修正を加える必要は無くなった事をヨシとして、できれば今週中、遅くとも来週半ばまでにはにインタビュー取材だな。それが終わり次第記事の第一稿を仕上げる。それを持ってまた静岡だ。来週後半に間に合えばいいが。祭君はまだ当たっていない大学教授達に当たってみてくれ」
「分かりました。しかしインタビュー取材はぜひ同行させて下さいよ」
「分かっている、まあ三カ所だけだがな」
「それでどこへ行きます?」
「JRTKと国土交通省と環境省だ」天狗騨は三つの名を挙げた。
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