第二百十二話【『政治部』から出向して来る男】
とは言え、僅かばかりの溜飲はしょせん〝僅か〟でしかなかったのだろうか。
「部長、ちょっとよろしいでしょうか?」
その声にとっさに振り向く天狗騨記者。
「お前じゃない。図々しい。いつから部長になった⁉」
応談室から出て行こうとする社会部長に声をかけた者は天狗騨ではなく社会部デスクだった。
「部長と何の話しをするのかと少し気になりまして」天狗騨が答えた。
「俺と部長の間の打ち合わせだ。お前はとっとと与えられた仕事に取りかかれ!」社会部デスクはそう言って天狗騨を早々に応談室から追い出した。天狗騨が退出した後、応談室には社会部長と社会部デスクが残された。
「何かあるのか?」社会部長は訊いた。
「そんなに静岡に行きたいのなら支局へ飛ばせば良かったのでは?」
(つまらない事を言う)と率直に社会部長は思った。しかし〝静岡〟、それに〝支局〟と聞いて〝あの事件〟の事も頭に浮かんで来てしまった。
「ふむ、」と社会部長は言ったぎり。己の内に浮かんでしまったそこはかとない不安にどう対処しておいたらいいのか、そうした思考が自然とぐるぐる頭の中を巡っている。
「——支局から来た記者と東京本社から来た記者では、向こうに与える印象がまるで違う」
そうした思考に引きずられたせいか、あまりにあまりな回答を社会部長は披露した。
「どうせ早いか遅いかの違いでしょうに」と、それでも悪態をつき続ける社会部デスク。
「つまらない話しならそろそろお開きにしたいが」そうそっけなく口にした社会部長。
「いえ、そうではなく、あの天狗騨に部下がつくという話しですよ」
「そうか。そういう事なら君は実に的確なアドバイスを天狗騨に贈ってくれたな。礼を言おう」
それは〝パワハラ〟云々というあの忠告(?)の事であった。
「『政治部』からいったいどんなヤツが出向して来るんです? 私も社会部の〝デスク〟なんですからそこら辺りは知っておきたいものです」
社会部デスクの感情を要約するとこうなる。即ち『本来地方へ飛ばすべきところなのに、逆に部下までつくとはケシカラン』であった。
そういうものが目に見えてしまった社会部長はひと言で済む一番適当な回答を口に出した。ただしそれは紛れもない〝真実〟、でもある。
「単なる社内政治だよ」社会部長は言った。
「ならなおさらどんなヤツか知っておかなければ」
社会部デスクの物言いによほど社会部長は何かを言ってやろうと思ってしまったが、社内政治は自分がやっている事でもある。心の内で苦笑いをする他なかった。
「左沢政治部長の覚えが目出度いそうだ。ずいぶん変わった名前をしていたな、『祭』とかいう名前だったか」
「〝まつり〟……、それは女ですか?」
「いや、男だな。『祭』というのは名字だという事だ」
「そいつは天狗騨を押さえ込めますか?」
「どうだろうな。天狗騨より若いしな」
「じゃあ純粋に密告要員って事ですか?」
「そこまで露骨に言うな」
「いつ来るんです?」
「もろもろの処理を済ませて、〝午後から〟と聞いている」そう社会部長は告げた。
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