第二百十一話【全国紙ASH新聞=地方紙SZO新聞】

 天狗騨記者がジロリと社会部デスクを睨みつけた。文字通り睨んだのである。

「なんだその目は!」明らかな〝反抗の色〟を感じ取った社会部デスクは反射的に威嚇行動をとった。こうなるともう止まらない。「——オイ天狗騨、さっき俺に『天下のASH新聞と週刊誌を』とか言ったばかりだろう!」


「いやいや、デスク、『腐っても』が抜けてますよ」


「つまらん突っ込みをするな! その天下のASH新聞が地方紙と提携するってのは〝〟もいいところだ!」


「そうは言いますがそれは地方を見下す差別意識というものではないですかね?」


「なんだとぉ⁉ じゃあ週刊誌ならいいのか⁉」割と低レベルな売り言葉に買い言葉状態。


「提携の判断はあくまでSZO新聞のリニア中央新幹線・南アルプストンネルに関する特集記事を読んだ上での判断です。新聞が週刊誌よりも上等とは必ずしも思いませんが、この手のテーマは週刊誌には無理です。なにせ読者の興味を引く〝売れるネタ〟ではありません。早い話しスキャンダル報道ではありませんから」と天狗騨は〝提携の理由〟を明瞭に答えた。


「その手の〝政治家のスキャンダル報道〟には散々我々(ASH新聞)もお世話になって——」と社会部デスクが言いかけたその時、

「待て待て、」と社会部長がここでストップをかけた。「——問題は提携のメリットの方だろう」そう天狗騨に向け振った。間も置かず天狗騨が語り出す。


「リニア中央新幹線・南アルプストンネルの件についてはSZO新聞の報道がかなり先行しています。我々ASH新聞に比べ一日も二日も三日も長があります。この新聞との提携は理に適うと考えます」


 しかしそれは社会部長の期待した〝答え〟とは違うようだった。

「それはこちらのメリットであって、ではSZO新聞がウチ(ASH新聞)と組むメリットは何か? という問題があるぞ」そう社会部長がぶつけた。

 ここぞとばかりに社会部デスクが続く。

「そうだぞ天狗騨、〝提携〟とは名ばかりで、お前が欲しいのは向こうの取材メモだろう。そんな提携など向こうの方からお断りだ!」


「誰が『取材メモを渡して欲しい』などと言いますか? それを求めて応じてくれる新聞記者などいませんよ。私が考えているのはインタビュー記事です」


「インタビューって、誰にインタビューするんだ?」社会部デスクが訊いた。


です」


「なっ、アホかお前はっ! お前は新聞記者の風上にも置けない!」


「それはなぜでしょう?」


「そんな事も解らんのかっ! 新聞記者は取材をする者で取材対象じゃないっ! そんなものは新聞記者が余所の新聞の記事を自社の記事にするようなもんだ!」社会部デスクは一気に吠えた。


 ココだけ聞くと社会部デスクは非常に真っ当な事を言っていた。しかし天狗騨にはまったく動じる様子が見えない。


「自覚が無いだけですか。なら自覚した方が良いでしょう。慰安婦問題や首相の靖國参拝問題で、外国紙、特にリベラルアメリカ紙の〝報道〟をそのまま引用する形でこのASH新聞の紙面に掲載し、『世界は怒っている!』とかやっていたでしょう。今さらその手法を封じ手にはできませんよ」


「ぬっ!」とまたも詰まる社会部デスク。ここで社会部長が出てくる。

「SZO新聞との提携についてはこちらに異存は無い。向こう次第だ」


「ありがとうございます」


「ただ、残念ながらウチと組むだけでされるのなら、向こうに提携のメリットは無い。その事を自分で指摘したのは天狗騨、他ならぬお前だ。向こうを持ち上げるだけでは提携は難しいだろう」


「それについて〝説得材料〟が二つほどあります」


「分かった」社会部長はもう同意してしまった。


「中身の説明はしなくてよろしいのでしょうか?」


「全て委ねると言った筈だ。その説明は我々ではなくSZO新聞にすべき話しだからな。それに今の時間、そうそう油を売ってもいられない。何かしらの考えがあるのなら後は天狗騨、お前次第という事だ」そう言い終わるや社会部長は椅子から立ち上がった。と、ここで、「——そうそう、一つ言い忘れていた事があった」と付け加えるように口にした。


「なんでしょう?」


「天狗騨、お前に部下が一人つく」


「えっ⁈ 私に部下?」


「この特集記事を担当している間は〝キャップ〟の肩書きだ。部下くらいつくだろう」


「一人の方がやりやすいのですが」


「そう言うような気はしたが、その部下な、どこから来ると思う?」


「『社会部』ではない?」


「『政治部』からの出向だ」


「政治部、ですか、」


「だいたいどういう理屈でこうなっているか、そこは想像通りというヤツだ」


「私の行動を逐一観察、どこかに報告を上げるんでしょうね」


「まあ〝当たらずといえども遠からず〟と言っておこう」社会部長はムニャムニャな〝答え〟を口にした。


(どうやらこれも俺に特集記事を任せる条件の一つらしい)と天狗騨は思った。


「いいか天狗騨! くれぐれもパワハラで訴えられないようにしろよ!」社会部デスクが性懲りも無く吠えた。しかしこれに対する何かしらの反論(?)は、今回ばかりはさすがの天狗騨もできなかった。


(確かにそれもあり得るな……)と思ってしまったからだった。なにせこれまで〝部下〟など持った事は無いのである。『部下の使い方の心得などは無い』、という自覚はある。


(もし部下が女性記者なら〝セクハラ〟をでっち上げられる可能性もある、)とおよそ口にできない事も思っていた。

 そんな調子で、珍しく〝あの天狗騨〟が沈黙状態。


「フン」と社会部デスクは鼻息をたてる。僅かばかり溜飲を下げることができたようだった。

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