第二百十話【天狗騨記者、週刊少年ジャ○プ連載漫画家のようになる】

「正式に決まった」社会部長は机の前までやって来た天狗騨記者に告げた。


 さすがの天狗騨にも緊張が走る。ようやく、ようやく〝記名記事〟デビューなのである。しかも特集記事担当である。しかしなぜか社会部長の傍らに社会部デスク。

「詳しいことは応談室で話す」と立ち上がる社会部長。


 『応談室』とは少人数のミーティングに使う小会議室の事である。しかめっ面をしながらなぜか社会部デスクまでもが続く。気になった天狗騨がつい訊いた。

「デスクも来るんですか?」

「部長に言われてるんだ!」



 かくして〝応談室〟。3人全員椅子に腰掛けるとまず社会部長が切り出した。

「概要を説明する。連載開始はおよそ三ヶ月後、特集記事は10回連載。掲載日は10連続の毎日だ。記事の掲載面は一面左上と決まった」


「一面左上! 本当に私にやらせてくれるんですか⁈」天狗騨の声は完全に裏返っていた。それくらい新聞記者にとって〝一面左上〟というポジションは重い。


「うん」社会部長は肯き、社会部デスクは仏頂面。

「思ったほど驚いてないですね?」天狗騨は傍らのデスクにまたも尋ねた。

「こっちはもう聞いているんだ!」

 〝不毛なやり取り〟の前兆を察したか、社会部長がこれを継ぎ補足した。

「この企画はかなり強引に通したところがある」


(強引にいかないと通らないよな)と自分の事なのに感心してしまう天狗騨。


「——したがって二度三度同じ機会を欲してもそれは極めて難しいと、それを予め胸の内に刻んでおいて欲しい。さて、特集記事のテーマは『リニア中央新幹線・南アルプストンネル』の件だが、記事の中身については天狗騨、全面的にお前に委ねる。この点に関してはある意味我々でさえ外野だという事だ」


「それはありがとうございます」


「だが〝中身〟については事前にこちらに報せておいてもらいたい。これは〝上層部〟との摩擦の処理をする関係だ。解りやすく言うと、上の方からの苦言・苦情・お小言、それらに対する適切な反論は〝社会部〟で担当する。いつものように延々社内で議論などしなくても済むようにと、こういう事だ」


「私は『リニア中央新幹線・南アルプストンネル』を取り扱っても身内に敵を抱えますか?」


「リニア云々と言うよりこの大抜擢が気に食わないと考える勢力がいるようだ」


「なるほど、さもありなんです」となぜか自分で納得してしまう天狗騨記者。


「さて、早速だがこの特集記事、どう書く? 腹案があるなら今ここで披露してくれても構わないが」社会部長が核心部を訊いてきた。


「当然考えています」そう口にして天狗騨は笑みを浮かべる。


 肯き「それで、」と先を促す社会部長。


「絶対的前提として〝〟を許可願いたい」天狗騨は言った。


「せっ、煽動だと⁉ お前記者の仕事を何だと心得ている⁉」社会部デスクが甲高い声を挙げた。


「『年金が無くなるぞ〜』という煽動をかつてこのASH新聞はしていたじゃないですか。それと似たようなものですよ」天狗騨が〝どっちもどっち論〟を展開した。そうしてさらにこうまで言った。「——そもそも何処を〝煽動〟するのか? リニア中央新幹線・南アルプストンネルで煽動など可能なのか? そうした点に疑問を持って頂きたかった」と。


 〝浅はか〟あるいは〝脊髄反射〟と言われたも同じの社会部デスクはいよいよ顔を真っ赤にし始める。当然社会部長がフォローに入る。

「だが堂々〝煽動〟を言ってしまうと、こうした反応も出てくるぞ天狗騨。なぜ〝煽動〟が必要なのか、説明はそこから必要だ」


「なるほど。解りました。ではこの特集記事を書くに当たり、なぜ〝煽動〟という行為が必要なのかを説明します。それはこのテーマはあまりに当事者が限られるからです」


「どういう事かな?」社会部長が訊いた。


「リニア中央新幹線の沿線以外に住む人間達からしたら、当事者意識ゼロだからです。リニアは大阪まで開通予定とは言え当面は名古屋まで。よってリニアが通る地方自治体も、東京都、神奈川県、山梨県、静岡県、長野県、岐阜県、愛知県の七県に過ぎません。始発は『東京』、終点は『名古屋』。中間駅は『相模原』『甲府』『飯田』『中津川』に設置予定で、早い話し、駅については静岡県だけは何の関係もありません。またこれまで〝幹線〟とされてきたルートからかなり外れたルートを通るため、山梨県・長野県・岐阜県には反対論は〝ほぼ無い〟と考えられます」


「——かかる状況下で静岡県が〝大井川の水源問題〟という環境問題を叫んでも、〝日本の発展〟を阻害する悪者扱いです。この状況でいくらASH新聞が全面的に支援しようと『ASH新聞は反日だからリニアを造らせないようにしているのだ』という歪んだ主張がもっともらしく語られるだけです」


「なるほど、問題は〝〟と〝〟と言う訳か」社会部長が肯いた。


 ここで社会部デスクがするりと割り込んで来た。

「天狗騨、もう言い訳の用意か?」


「いいえ。私は今の部長のひと言で〝煽動〟は否定されなかったと、そう考えましたが」なぜだかその顔は笑っている。


 その笑顔がよほどカンに障ったのか社会部デスクは不機嫌な顔を隠そうともしない。

「何を喜んでいるのか知らんが喜ぶのは早いぞ! 煽動など週刊誌が毎週やっているがどれほど社会に影響を与えているか!」


「腐っても天下のASH新聞と週刊誌を並べて語るとは、悲しいですねえ」


「やかましいっ! んだからな!」


それはそれは。まるで漫画家になった気分です」


「漫画家だぁ? ふざけているのか!」



 『週刊少年ジャ○プ』という週刊マンガ雑誌がある。この雑誌で〝連載する機会を得られる〟というのは成功のための途方も無いチャンス到来という意味がある。

 ただし、連載は無条件には続かない。10回、即ち10週で人気が出なければ連載打ち切りの憂き目に遭う。しかも実際のところ10回まで行くその前、7回目くらいで『ダメだ』という事が解ってしまう。そして〝連載打ち切り〟という最悪の事態に至った場合、事実上たった二ヶ月弱の〝漫画家の肩書き〟だった、となる。



「ふざけてませんよ。元々私は私がサラリーマンだとは思っていませんから。しかしデスク、こう言ったなら感想はきっと変わりますよ」とやけに自信ありげに天狗騨は言った。


「なら聞いてやる!」と売り言葉に買い言葉の社会部デスク。


「我々ASH新聞は『沖縄には在日米軍基地の7割が集中している』と機会あるごとに報道していますが、我々が期待する反応は今ひとつ戻ってこない。日本人は『絆』ということばが好きのようですが実際はどうでしょうか。自らの利便性と安全性のために犠牲となっている他者に日本人が共感を示すとは、私には到底思えません。このリニア中央新幹線の特集は普通にやっていたのでは失敗は確実です」


「——う、ぬぅ……」とたちまちのうちに押し込まれてしまう社会部デスク。


 天狗騨に対し言いたい事をぶつけそれが徒労に終わった、即ち〝ストレス発散に失敗した〟と察知した社会部長はすかさず続きを引き受けた。

「どこを〝煽動〟するんだ?」


「西の自治体はともかく、東の自治体、『東京都』と『神奈川県』はリニアについては今ひとつ微妙だと考えます。特に『東京都』です」


「なるほど。成算がありそうだな」


「それと部長、この特集記事を担当するに当たり是非とも許可して頂きたい事がもう一つ」


「聞こう」


「この件に関し、何としてもSZO新聞との提携を認めてもらいたい」


「なんだって⁈ SZO新聞なんて静岡の地方紙じゃないか!」社会部デスクが素っ頓狂な声をあげた。〝もっての外〟という顔をしている。

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