第二百九話【メガソーラー】
現在、既に天狗騨記者査問会は一応天狗騨の勝利(?)で終わっている。が、事は一概にそう単純でもない。
ここはASH新聞東京本社社会部フロア————
「天狗騨、天狗騨、」と天狗騨記者に声を掛ける者あり。声の主はすぐ隣の席に座る天狗騨の直接の上司、中道キャップであった。中道が続ける。「——『リニア中央新幹線・南アルプストンネル問題』の特命取材班を率いるって話し、今日決まるんだろ?」
今日の天狗騨は実に静かなものである。〝この場にて待機するよう〟社会部長から言われているからである。天狗騨は中道の問いに「と聞いていますが」と答えたのみ。
「部長はなんて言ってたんだ?」さらに中道が訊いてくる。
「部長からは『勝て』と発破をかけられましたが」
「〝勝て〟か?」
「新聞記事で誰もが認めるような影響を社会に与えろと、こういう事みたいです」
「難しいよな。最近なかなかそういうの無いぞ」
「ですよね。勝率で言ったらリニアより太陽光パネルを潰す方が確率は良いとは思ったんですがね」天狗騨はぶっきらぼうに言った。まだ心の中でなにかが引っかかっている体である。
「太陽光パネル? 初耳だが」中道キャップが少し驚いたような声をあげた。
「特集記事として扱うに足るテーマをいくつか挙げるよう言われまして。リニアの他に太陽光パネルも出したんですがね」
「じゃあリニアの件は部長の思いつきじゃないって事か?」
「一応は私の方から言い出した事です。一方的に〝これをやれ〟と押しつけられた訳じゃないですね」
「そこら辺はさすが部長だな」中道は己の上司に感心してみせた。
「ですが〝環境問題〟をメインテーマにするなら太陽光パネルもありでしょう。太陽光パネルが自然破壊・環境破壊をもたらしているんです。大規模に太陽光パネルを設置するのにも場所を選べっていう、私が言うべきはコレだと思ったんですが」
「ああ、『メガソーラー反対論』か。そんな事ウチの会社(ASH新聞)がやる筈もないだろう」中道は合点がいったという顔をして言った。
「同じような事は部長にも言われましたね」天狗騨がほとんど無表情に視線だけを中道に送った。
「メガソーラーを叩くとなると原発推進派を利するばかりでなく、韓国系や中国系の企業の排斥運動に繋がりかねないからな」中道はこれ以上短くはならないくらいに簡潔に説明してみせた。
「キャップもなかなか言いますね」と天狗騨が口にすると、
「そうか?」とまんざらでもない中道キャップ。
「伊東と岩国でしょう? 伊東が韓国で岩国が中国だった筈ですよね?」天狗騨が確認するように訊いた。
中道キャップは〝口を滑らせたな〟という体裁の悪そうな顔をしている。
「しかしそれを言っちゃうと特集記事のテーマとして選択不許可になると思って敢えて言わなかったんですが、言わなくてもオチは結局不許可です」腕組みをしながら天井を見上げ天狗騨は言った。
「それは次のテーマにすればいいじゃないか」と取りなす中道。
「さて、次のチャンスがあるのやら。それにいたずらに時間をかけているうちに事故が起こるという事もありますよ。そんなんだからSNK新聞にも遅れをとるんです。岩国のメガソーラーは『中国系企業が買収した』と向こうは大きく報道してたってのに」
「中国が買っただけで叩いたら差別になるからやりにくいんだろう」相変わらず中道キャップは自社を擁護する。
「そうですか? 地元の人々が問題にしているのは山林に大規模に太陽光パネルを設置するという行為そのものですよ。『土砂崩れや土壌汚染、井戸が枯れる等の被害が懸念される』という地元住民の反対の声は事業者が日本人だったら収まるというもんでもないでしょう?」
「そらまあそうだが」
「特に昨今の集中豪雨は酷いですからね。山の木々を伐採し太陽光パネルを大規模に設置すれば、当然土砂崩れに対する不安も出てきますよ」
「——それに設置業者の悪質性に目をつむるわけにもいきません。岩国の件では確か2015年頃からメガソーラー建設に向けて土地の買収が動き出し、事業会社による地元説明などを経て2019年に山口県が開発を許可した筈です。ところが事業主である事業会社の親会社は数回に渡って転売され変更されてきたという事です」
「——そうしていつの間にか中国に本社を置く電力会社の100%の子会社が、メガソーラーの事業会社の100%の株式を所有する事態になっています。SNK新聞がこの中国資本の子会社に取材を申し込んでも『岩国の件については何も答えられない』といったような態度で、地域住民の不安や懸念に対し、説明責任を果たそうという意志はまったくありません。正体を隠そう隠そうというそのやり口といい、何か後ろ暗い目的があるんじゃないかと勘ぐりたくもなりますよ」
「——これについては山口県の対応も酷いもので、地域住民が『開発許可を受けた事業主体と実質的に開発を進めている事業者は全くの別組織である事』や『開発と事業の転売が一体で進行している事』を問題視し、トラブルなどが起きた場合どこが対処するのかを問うても、県は『事業会社の代表社員が変わるごとに届け出がされ、必要に応じ審査しているが問題はない。外資かどうかは審査対象ではなく、見直しは考えていない』と説得力の無い説明をするばかりです。土砂崩れに国内資本も外資も関係無いのに、ことさら地域住民を排外主義者のように扱う腐れ左翼性向は本当に救いようがない!」
(〝腐れ左翼〟って堂々言っちゃうかな)と思うしかない中道。
「——だいたい〝民間が誠実で真面目〟なんてのは『官から民へ』と吹聴してきた連中が造り上げた実に陳腐な神話です。そんなの今時だ〜れも信じちゃいない。現に不誠実な民間企業が原因で静岡県熱海市では大量不法投棄の土砂が土石流となって流れ出し、多くの犠牲者が出るという悲惨な事件が起こっているんです。そして事件後自治体がどう振る舞ったか? 県と市が互いに事件の責任をなすりつけ合うという泥仕合が演じられました。今『問題は無い』などと自治体は言っていても、いざ事が起きたら〝どう責任をとらないか〟に腐心するのは目に見えていますよ!」
「——ただ、メガソーラーの場合だと誰に責任があるかは明確なんです。メガソーラー建設に当たり山林を事業用地とする場合は都道府県による開発許可が必要です。伊東や岩国はこれに該当します。そして日本は国土のほとんどが山林です。つまり日本全国全ての県が責任当事者だ。民間企業による提出書類を盲目的に信じているだけでは必ず類似の事件は起こりますよ! 死人が出てからじゃ遅いんだ!」
天狗騨の憤りはこれでもまだ止まらない。
「——ここは何度でも強調しなければなりませんが、メガソーラー建設に当たり山林を事業用地とする場合は都道府県による開発許可が必要なんです! 地域住民が土砂崩れの心配をしているのなら真摯に対応するのが地方自治体の責務です。近年の集中豪雨の威力を鑑みた場合、当然建設不許可も視野に入ってくる。公務員は地域住民に尽くす公僕じゃなかったんですか? いったいいつから地方自治体は地域住民を差し置き企業の走狗となったのか!」
「まあ天狗騨落ち着け。要はASH新聞紙上でそういう事をやって欲しくないという勢力が上の方にいるという事だろう。『中国は出て行け!』に容易に結びつくからな。それを部長は解っていてメガソーラーを選ばなかっただけなんだ」中道キャップは天狗騨を取りなした。
「まったくどの組織も腐っている!」天狗騨の憤懣やるかたないといった思いはもはや隠せなくなっている。それくらい天狗騨は太陽光パネルの大規模設置が環境破壊を招いているという問題を最重要視していた。
その時だ、
「天狗騨ぁ! ちょっと来てくれ!」
社会部長のお呼びがかかった。
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