第二百四話【今度は右翼が】

「天狗騨君、」論説主幹は切り出した。


「なんでしょう?」


「一般名詞で古墳、古墳と言っているが、固有名詞にすると『大山古墳』、いや『仁徳天皇陵』とかになるのではないか?」


「そうなるでしょうね。有名な巨大古墳です」天狗騨記者は言った。


 有名な筈である。仁徳天皇陵古墳を含む『百舌鳥・古市古墳群』は世界文化遺産として登録されていた。 決定は2019年7月である。


「『仁徳天皇陵』という事になっているという事は〝天皇が造らせた〟、という事になるよな?」論説主幹が念を押すように訊いた。


「当然の理解かと思います」


 その返答を聞いた論説主幹が一気にまくし立てた。

「天皇が中国から渡ってきて日本の支配者になったってのはなんだ⁉ それじゃあまるで侵略者じゃないか!」


「『大陸には進んだ技術があり、そうした人間達を受け入れたのが日本である』、こういうフレーズ、〝左側〟の人間は好きそうですが」


「そういう穏便な意味になっていない! それではまるっきり『騎馬民族征服説』ではないか!」


 『騎馬民族征服説』、それは現代では与太話になっている有名な〝説〟である。戦後まもなく、江上波夫という考古学の博士が唱えた。

 日本という国家の大元は、弥生時代から古墳時代にかけて大陸の騎馬民族が海を渡り日本列島を征服した結果できた、とする。


「別に馬は出てきませんが」しかし天狗騨の返答は呑気だった。


「構造が同じなんだよ! そんなもの書けるか、社説になど!」一方、論説主幹は否定に力を込める。


「まぁさしずめ『技術民族征服説』といったところではありますか、しかし既に記事としてはもうASH新聞に載せてしまってるんですが」


「対右翼はどうなる? 怒るぞ、そんな事書けば」


「左翼の次は右翼の顔色が気になるんですか?」天狗騨が咎めるような口調で言った。「——これは学問的研究結果から得られた考察で科学にはイデオロギーは無いものですよ」そう付け加えもした。


「だが、」とことばを濁す論説主幹。


「——確認ですが、我々自身の事を棚に上げていませんか? 弥生人が持っていない〝東アジア人特有の遺伝的な特徴〟があるのは天皇も我々も同じじゃあないですか? 研究結果からはそのようにしか理解できません。誰も彼もが支配者の子孫ですよ!」


 しかしまだ論説主幹の態度は煮え切らない。

 ここへ来て天狗騨は〝或る疑問〟を持つに至った。

(もしかして主幹は極右に対抗するつもりなど無く、ただ極右についての情報を知りたいだけではないのか?)と。


(いったい目的はなんなんだ? 単に情報を収集して、それ自体が目的なのか?)そう思った天狗騨はチラと腕時計に視線を落とすと二十時十五分前。閉店までは十五分ほどである。

 天狗騨としては『こうすれば極右台頭を防げる!』という妙案を提示したつもりである。しかし目の前にいる新聞社の幹部社員はそれを実践しようという意識などサラサラ無く、何かをやらないためのもっともらしい理屈を述べているようにしか思えなかった。


「天狗騨君、」論説主幹の口が動いた。「——極右活動家の言動について君の話しは参考になった」


(参考? 参考とはなんだ?)天狗騨がそう思っている傍から論説主幹が喋り出した。

「——そうそう、君は少し逆張り趣味が過ぎる。個性的な人間を演じたいのか、あるいは知識をひけらかしたいのか、いずれにせよ〝様々な見方〟すべてに等しく価値があるわけじゃあない。妥当性の高いものと低いものがある。『逆張りの自由』を看過するわけにはいかん」


(なぜに突然説教が始まる?)

 しかし喫茶店の閉店十五分前だとて黙って温和しく説教を聞く天狗騨ではない。なにせ頭のネジが飛んでいるようなところがある。


「〝逆張りの自由〟などという得体の知れない自由ではなく、そこは〝内心の自由〟です!」と天狗騨はまず明瞭に結論を言い切った。さらに補足を続ける。「——『様々な見方すべてに等しく価値があるわけではない』というのは同意しますが、妥当性の高い低いは権威筋の価値観で決まるものではありません。そのようにしないと例えば『政府の見方こそ妥当性が高く、政府に反対する勢力の見方などは妥当性が低い』ということに容易にされてしまう。様々な見方の妥当性は誰かの決定ではなく個々人による論理的考察をもって決定されるべきものです」


「しかしだ、『ナチスは良い事もした』という〝典型的な逆張り〟がある。それも〝内心の自由〟で容認するつもりかな?」論説主幹は問うように言った。


(なんでウチの新聞は『ナチスな話題』が好きなんだ?)と呆れつつも普段の通りの天狗騨節が炸裂してしまう。

「そこは『ウクライナを侵略したプーチンのロシアにも事情がある』とした方がより現代的な〝典型的な逆張り〟事例になりますよ」と天狗騨は応じた。


「いや、そこはナチスなんだ。ナチスでないと」論説主幹にとっては〝プーチンのロシア〟ではダメなようだった。


(なんでウチの新聞は『ナチスな話題』が好きなんだ?)まったく同じに天狗騨は思うしかなかった。

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