第二百三話【みんな〝支配者の子孫〟だ!】

 天狗騨記者が語り始めた。「これは金沢大や鳥取大などで造られた研究チームによる〝成果〟を基にした記事です」


「——おこなった研究は〝各々の年代の日本列島に住んでいた人間〟のDNA解析をして比較する事です」


「——『縄文時代の人間』『弥生時代の人間』『古墳時代の人間』に加え、『現代の日本人』もです。これらを比較した」


「——誰もが予測できるのは『縄文時代の人間』と『弥生時代の人間』の遺伝情報は違うであろうという事。『縄文人』というのは現代風に言い換えると先住民です。『弥生人』は大陸から渡来した人間達が〝弥生人〟なのか、縄文人と混血した人間も含めて〝弥生人〟なのか定義が分かれるようですが、現代風に言い換えると移民か移民の子孫という事になります。これが同じであるわけがない。そして結果は予測通りです」


「——ただ、ここからが意外な展開の始まりです。比較の結果、或る重大な事が解った。『弥生人』と『古墳時代の人間』の遺伝情報は同じではなかった」


「そうなのか⁉」


「これはASH新聞の記事からなのですが……」と控え目に突っ込むしかない天狗騨。「——ともかくDNA解析の結果『古墳時代の人間』は『弥生人』が持っていない東アジア人に多く見られる特徴を持っていたんです」と続けた。これに無言で相づちを打つ論説主幹。


「——つまり、『古墳時代の人間』は。これ以外に考えられない。ではその『古墳時代』とはそもそもどんな時代だったのか?」


「——古墳時代とは文字通り〝古墳が造られ始めた時代〟で、悪くとるなら既にユートピア社会ではない、とされています。〝いかにも〟な人間社会ができた時代で、即ち階級社会・格差社会」


「——この時代の日本列島で、後に欧州で産業革命が起こった時代と同じ事が起こった、と考えられるんです。技術革新により権力や富が一部に集中し出したのです。新たな農耕技術、新たな織物技術、新たな土木技術、そして武器の大量生産を可能とする技術、こうした技術が持ち込まれた結果社会が変質してしまった」


「——そうして生まれた支配者の力の強大さを証明しているのが『古墳』であると。これは新たな土木技術導入の物的証拠です。それ以前の時代には存在せず、この時代に初めて現れた巨大な人工構造物です。古墳なんて土を積み上げるだけのように見えてこの現代、未だに原型を留めていますから侮れません。造り方がヘボだと土砂崩れを起こしそうですし」


 ここで天狗騨は一口コーヒーをすすった。かなり温くなっていた。天狗騨は続ける。


「——ここからが本番。さらなる意外な展開へと繋がっていきます。『古墳時代の人間』と『現代日本人』とはと判明したんです」



「……え?」


「その顔はこれがどれほど奇異な事であるか、解っているようですね」


「いや、しかし、」


 上手く口が回らなくなっている論説主幹に代わり天狗騨が喋り出す。


「支配者というのは富裕層が少数であるのと同じく常に少数の筈です。社会はピラミッド構造になるのが残念ながら普通ですから」


「う、うむ」


「なのにどうして現代日本人の中に弥生人には見ることのできない『古墳時代の人間』の遺伝的な特徴が見つかるのでしょうか?」


「——或る仮説が成り立つ筈です。後に古墳時代と名付けられるこの時代に海を渡って日本列島にやって来た人間達は少数ではない。の、〝一定以上の数〟の人間達が渡って来たと考える他ありません。少数の技術者が技術だけを日本に伝えてくれただとか、そういった類いの話しではない」


「——もし、やって来た人間達が少数なら〝現地で勢力を張っている有力者に仕えた〟との考え方も無理筋ではありません。例えば『徳川家康にウィリアム・アダムズやヤン・ヨーステンが仕えた』とかいったものです。しかし、海を渡って来た人間達が〝一定以上の数〟いたのなら話しは違ってきます。優れた技術を持ち、しかも人数も決して少なくないのなら必然集団ができる。人間は集団を造るものですから」


「——こうなると彼らは〝誰かに仕える〟だとか、そうした立場には甘んじないでしょう。武器を大量に造る能力があるならなおさらです。それらを自らの集団で使えば武装集団ができる。必然その集団は土着の集団に比べて力を持ちます。これは〝支配される側〟にはなりません。〝支配する側〟になったと考えるのが自然です。」


「——そうした人間達の遺伝的特徴とほぼ同じ遺伝情報を持つ現代日本人は〝支配者の子孫〟という事になります」


「なななっ!」


「完全にお解り頂けたようですね。『天皇制家族主義』もあながち絵空事ではないという事になります」


「……」


「そうなると『弥生人』や、その前の『縄文人』の運命がどうなったのかが気になるところですが、この研究を行った研究者はこう言っています。『日本人が縄文、弥生、古墳の三つの祖先集団からなることを示す初めての証拠だ』と。DNA的に縄文人や弥生人は絶滅したわけではないと」


「——つまり支配者は婚姻政策によってあまたの集落に影響力を及ぼし徐々にその勢力圏を広げていったのではないか。古墳という人工構造物が日本列島各地に存在するのがその傍証でしょう。そして残念ながらそうした婚姻政策から漏れてしまった人々は或る程度の時間をかけて自然と淘汰されていった。結婚して子孫を残せるのは恵まれた者だけというのはいつの時代であろうと同じでしょうから。かくして支配者の遺伝子は繋がれ続けそれは現代に生きる日本人の中にもあるというわけです」


「——これって『日本人の大半は源平藤橘にゆかりがある』という価値観と同じ構造じゃないですか? 『先祖に貴種がいる』という。後は社説をどう書くか、書き方次第ですよ」天狗騨は実に明朗に言い切った。


 極右・仏暁信晴に対する対抗策も、左派・リベラルな大学教授に対する対抗策も、全て万端整え終えたと言わんばかりの天狗騨であった。

 しかし、論説主幹は別種の不安に取り憑かれ始めていた。

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