第二百一話【〝姓〟を次々乗り換える『あの関白』と『かの将軍』】

「それは〝先祖を変える〟という意味だぞ。そんな事できるわけがない」持って当然の疑問を持った論説主幹は天狗騨記者の言を真っ向から否定してきた。しかし天狗騨からすれば当然そうした反応は織り込み済みである。


「〝姓〟を変えた人物がいるんですから可能なんですよ」と、よどみ無く口にした。


「そんな先祖を変えるような非常識な人間をだな、」とまで論説主幹が言った時、もう天狗騨が次のことばを解き放っていた。「豊臣秀吉・徳川家康です」


「なんだって⁈」


「これは議論の余地の無い話しなのでどんどん行きましょう。まずは豊臣秀吉からです。農民から成り上がったとも足軽から成り上がったとも言われるこの人物でも〝姓〟というものがあったんです。『源平藤橘』のうちどれだと思いますか? 『平姓』です。しかも〝自称〟ではありません。どうです? この時点で〝姓〟などかなりどうでもなると希望が見えてきませんか? しかし秀吉が本領発揮するのはここから。なんとそこから『藤原姓』に乗り換えた」


「『平姓』を『藤原姓』に⁈」


「これは割と有名な話しですが秀吉は〝関白〟になりましたよね? 内大臣までなら『平姓』でも大丈夫だったわけですが、もう一段上の関白となると話しが違ってくる。この地位にはなるのにも資格というものが必要で、いわゆる摂関家のでないとなれないと。ここでまた登場するのが藤原姓氏長者の近衛家です。このイエはその摂関家で、秀吉は当時の当主・近衛前久という公家の猶子となる事で『藤原姓』へと変えてしまった。こうして秀吉は自身の関白任官を実現させてしまう」


「——しかしここで終わりではありません。秀吉が凄いのはここからで、新たなる姓『豊臣姓』なる姓を造ってしまった。〝姓〟とは本来個々人のルーツを表している筈のものなので、新たに造るというのはおかしな話しなのですが、そこは天下人。持てる政治力と金力をこれでもかとつぎ込み〝勅許〟を出してもらったわけです。〝勅許〟とは天皇の公認という意味ですからこれは間違いなく公式に認められた〝姓〟という事になります。このフレキシブルさは我々にも大いに参考になる。とまれ、秀吉はここでまた『藤原姓』から『豊臣姓』へと乗り換えているわけです」


「——しかも他の者達も巻き込んだ。徳川家康も『豊臣姓』になってしまった」


「って事は豊臣家康⁈ そんな冗談みたいな事があるのか⁉」目を白黒させる論説主幹。


「家康だけじゃありません。秀吉としては藤原姓における近衛家のような〝氏長者〟をやりたかったのか、大名小名ほぼ全ての武士が『豊臣姓』に乗り換えさせられてしまった。むしろ例外の指摘の方が早いくらいです。武士をしていて豊臣姓にならなかったのは秀吉かつての主筋・織田信長の次男〝平姓の織田信雄〟。そして室町幕府最後の将軍〝源姓の足利義昭〟くらいのものです」


「——そしてお次は徳川家康ですが実は最初は『藤原姓』なんです」


「え? 家康は幕府を開いたんだから『源姓』じゃないのか?」論説主幹は訊き返した。

 ちなみに、〝征夷大将軍〟は『源姓』でなければなれないわけではない、のであるが、結果的に幕府を開いた武士は『源姓』の者ばかりである。


「家康の『源姓』は当初は〝自称〟に過ぎず、公認など得ていませんでした。その機会が巡って来た折家康本人は『源姓』を希望したのですが朝廷からの返事はダメだと。要するにこれは〝力不足〟という事です。というのもこれは信長の同盟者としての立場での〝三河守〟任官の時の事ですから」


「——その後信長が本能寺で斃れ、家康が三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の五ヶ国を治めるようになり、そして小牧・長久手の戦い以降、晴れて公式に『源姓』が認められる事になる。なんとも現金な感じがしますが、ここで『藤原姓』から『源姓』に乗り換えているわけです」


「——そして先ほど言った通り家康も『豊臣姓』になったため、今度は『源姓』から『豊臣姓』に変わっている。もちろん秀吉の死後はその『豊臣姓』を『源姓』に戻していますが。このように〝姓〟は乗り換え放題というのがお解り頂けたかと思います」


「な、なんと言っていいのやらだが……」


「だから、現天皇の長女が誰と結婚しようと、その相手を『源姓』ないし『平姓』にしてしまう事は可能なんです。だから解釈男系は成り立つ。誰だか解らないような者をどこからか連れてきて『この人が皇族になります』なんて皇籍復帰させようとしても絶対無理ですよ。直近の皇族との婚姻無しに皇族を新たに造るなどこっちの方が無理筋というものです」


「それは『皇嗣の長男』じゃダメだという事か?」論説主幹は確認をする。


「その通りです。『皇嗣の長男』が結婚してそこで娘しか生まれなかったらどうするんです? 男系男子で続ける事を前提にわざわざ次男の息子を跡目に付けるのに、その時点での原則変更は正統性に問題が出ますよ。『長男に子どもがいるのに娘というだけで天皇にしなかったのに、今さら次男の家系の娘を天皇にするのか』と、そういう事になります」


「先のことは分からんが、それもまたあり得るか」


「そうです、であるならここで決めるべきです! 我が社(ASH新聞)の社論は『次の天皇は現天皇の長女』。コレで行きましょう! その後の事も解釈男系できっと行けます! 男女同権、これぞリベラルの面目躍如というものであり、これで極右の台頭に蓋ができるというものです!」


 しかし天狗騨がこれほどまでに推しても、

「解釈男系などできるわけないだろう」と論説主幹はあっさり断定調に言い切った。

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