第二百話【『美しい国』】

「『在日韓国朝鮮人を始めとした日本在住の外国人達、または日本にルーツが無いか、ルーツが希薄な日本人といったマイノリティーはどうなる?』と、言いたいのはそんなところでしょうか?」


 これは論説主幹の言ではない。天狗騨記者の言わば〝先制攻撃〟とも言うべき発言だった。論説主幹はギョッとしたような顔をして固まっていた。


「当たりですか」天狗騨は言った。それを受け論説主幹はようやくひと言。


「なぜ解った?」


(やっぱり当たってしまったか……)と思うしかない天狗騨。(相手に簡単に内心を読まれてしまうというのはいかがなものか)とも思うしかないが、こんな事は口に出しては言えない。


 別に天狗騨に特殊能力があるわけではない。どういうわけか〝思想〟が絡むと、人の思考パターンというものが簡単に読めてしまうものである。

 例えば右派・保守派系なら『憲法9条改正』を叫び『首相の靖國参拝は肯定』し、中国・韓国には厳しい。左派・リベラル系なら『憲法9条を護れ』と叫び『首相の靖國参拝は否定』し、中国・韓国には甘い。


「主幹、在日外国人が抱くであろう疎外感にまで思いを致す、そのお気持ちは察します」と、まず天狗騨は断りを入れた。「——ですが在日外国人が住みよい社会とはどういう社会かと考えた場合、つまりそれは安定した社会でしょう? 安定した社会とは日本人の人心が荒んでいない社会です。はっきり申しましょう。日本人にはもう利益にもならない理想を許容できるほどの精神的余力など無いのです」


「う……」


「——だからこそ、この日本で極右台頭の目が出てきた」


「……」


「『美しい国』をすっかり忘れているでしょう?」


「美しい? どこだ?」


「本の名前です。我々ASH新聞が〝MT学園・KK学園〟の件で散々攻撃したかの首相、彼が第一次政権の首相就任前に書いた本の名前が『美しい国』です」


(あぁ)と論説主幹は思い出した。

「覚えている」言われれば思い出す本の名前ではあった。


「この本を散々非難してきたASH新聞じゃないですか。主幹の言われるのは〝日本はこうあるべき〟という、こちらの陣営版の『美しい国・日本』の話しです」


「我々の理想がそれほどダメなのか?」


「右派の理想をゴミのように扱ってきたのが我々です。連中からしたらこちら側の理想がゴミでしょう。社会は既に分断となってしまっている以上、『理想』は封印し、望む結果をどうしたら得られるか? 思考ポイントはそこ以外にありません」



(ゴミって……)と絶句するしかない論説主幹。


「主幹が気にかけている人々を護れる社会にするにはどうあっても天皇制を護るしかない。それが極右台頭を抑える方法だからです。我々の『理想』を押しつけても逆効果。極右台頭の養分にされるだけですよ」


「——そしてその天皇制を護るためには『男系男子だ!』とか言っている右派・保守派連中を言いくるめるより仕方ない。全てのモノを欲しがれば逆に全てを失うことになります。そうならないためには『どちらがマシかという選択』をするしかありません」



 この天狗騨の言は完全に〝説教〟だった。一会社員が会社の幹部に説教をかますなどまったくあり得ない事で、上にいる者からしたらほとんど戦国時代の下克上そのものだった。特に論説主幹の胸にぐさりと刺さったのが『日本人にはもう利益にもならない理想を許容できるほどの精神的余力など無いのです』だった。

 しかし論説主幹には確かに〝覚え〟はあった。ASH新聞が日本人相手に無双できた時代は『一億総中流社会』と云われていた時代だった事を。だが彼は粘った。


「日本人のほとんどが源平藤橘にゆかりがあるというが、アイヌや沖縄の人はどうなる?」


「ある事にすればいい」


「はァ? いや、北海道や沖縄だぞ」


「北海道の方は源義経落人伝説を使えばいい」


「よしつね?」


「源義経がモンゴルへ渡ったというのは論外でも、北海道くらいならあり得ない話しではありません。強引にそう言えばいい」


「そんなバカな」


 しかし天狗騨全く動じる様子も見せず髭もじゃの口をニカッと開いて言った。

「だからさっき言ったでしょう? 家系図に正確性を求めた場合、どんなに判明しても室町時代が限度だと。そして『源平藤橘』の確立は奈良時代以降です。だから強引に言おうと思えば言える」


「じゃあ沖縄の方は?」


「遣唐使船が沖縄に漂着し、然るべき血筋の漂着者が土着した事にすればいい」


「デタラメすぎる」


「しかし統一王朝、即ち琉球王国が成立したのが一五世紀初め、やっぱり室町時代の頃なんですよ。それ以前はどのみちよくは解らない。解らない以上、やはりどうとでも解釈できる余地がある」


「そういうのをアイヌの人や沖縄の人が望んでいないんじゃないか」


「望んでいないのならそれはそれで自由です。私が言いたいのは〝全てがそうだ〟という訳ではなく、現天皇の長女が結婚相手に誰を選ぼうと日本人ならば極一部の例外を除いてどうとでもなると、そういう事です」


「極一部の例外がいるのか?」意外に思う論説主幹。


「逆に却ってどうにもならないのが『近衛』だとかいった名家とされている家の人間って事です。先ほど触れましたがこのイエが『藤原姓』の氏長者だという事はよく解っているしよく知られている。しかしながら『藤原姓』では解釈男系が成り立たない。なぜなら系図を遡ると、たどり着く先は中臣鎌足、即ち藤原鎌足なんです。単なる政治家です。これでは天皇に繋がりません。『源平藤橘』と言ってはみたが、解釈男系のためには『源姓』か『平姓』でないとダメなんです」


「じゃあ『藤原姓』だったらダメじゃないか」


「その時は〝姓〟を変えてしまえば良い」天狗騨がずけりととんでもないことを言い放った。

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