第百九十九話【『源平藤橘』と『生涯未婚率』】

 そして天狗騨記者はこうも見切っていた。(主幹は『姓』と『名字』の区別がついていなかった。ならば『源平藤橘げんぺいとうきつ』にもざっと触れておいた方がいいだろう)と。

 天狗騨は語り出す。

「『源平藤橘』、またの呼び名を『四姓』といいます。文字通り、源・平・藤原・橘の四つの姓という意味です。重要なのは現代に生きる日本人の大半がこの『源平藤橘』にゆかりがある、と云われている事です。敢えて誤解される事を覚悟して言うならば、であるとも言える」


「天狗騨君、君の口からよもや『日本人の民族性』なんてことばが出てくるとは思わなかったぞ」論説主幹は苦い顔をしながらそう言った。しかし天狗騨にとってその顔は意外であった。〝極右台頭の抑止〟という目的を共有しているものだとてっきり思い込んでいたからだ。


「なにかご不満でも?」


「それはあまりに不合理ではないか」


「一応他の姓もあるにはありますよ。『菅原』『在原』『大江』『清原』などです」


「いやそういう意味じゃない。いくばくか増えようとも大差無いんだ。そもそも日本人のルーツが極めて限られた数種類の〝姓〟に行き着くなどおかしくはないか」


(この俺の価値観じゃないんだけどな)と天狗騨は思った。

「『そういう事になっている』では納得できないと?」


「そりゃそうだろう。人を説得するのに『そういう事になっている』ではな。そうは思っていない人もいるだろう。だいいちそんなものがマトモな歴史学で認められているのか?」


(今は〝どう男系派を言いくるめるか〟が焦点で、右派連中はたいてい〝そう思っている〟と思うのだが。結局思ってないのは主幹か……)


(——さては『日本人の民族性』と言ったのがカンに触ったか?)とも。


(——しかし、確かに『そういう事になっている』では説明としては弱いは弱い……)



 とは言え天狗騨は基本一筋縄ではいかない男である。僅かに思考時間を取った後、

「私はけっこう〝合理〟だと思っていますが」と言ってのけた。


「『日本人の大半が源平藤橘にゆかりがある』のどこが合理的だ?」


「今、〝生涯未婚率〟が男女ともに、調査開始以来最高値を記録しています」また天狗騨が素っ頓狂な事を言い始めた。


「どうして『源平藤橘』が『生涯未婚率』に繋がるんだ?」


 『生涯未婚率』とは50歳時の未婚率を算出した数値である。50歳で未婚の人は将来的にも結婚しない可能性が高いことから生涯独身の人の比率を示す統計指標として用いられる。

 日本では1990年代以降年々この数値が高くなっており、例えば2017年版『少子化社会対策白書』によると、男性は23.37%、女性は14.06%となっている。


「このまま話しを聞いて頂ければ解ります。ではなぜ生涯で一度も結婚しないのか? もちろんなんらかのポリシーがある場合もあるでしょう。しかし、に限って言えば、経済力が無く結婚にまで遂にこぎ着ける事ができなかった。これが最大の理由ではないでしょうか。ここからが重要ですが、これはいつの時代も同じだったと考えられる。即ち、恵まれない者は子孫を残せなかった」


 ビキッと論説主幹は固まった。ほとんど直感レベルで何事かを察知した。しかしリアクションとしては何事も起こさない。天狗騨はなお淡々と続けていく。


「——平和な時代だとてそうです。例えば『江戸時代の江戸』です。江戸は独身男性の多い街だったとの事ですが、結婚できなかった彼らの子孫はこの現代にはいません。これは『いつの時代も同じであった』というひとつの例です」


「——つまり今我々が生きているという事は我々の祖先は子孫を残すことができた。子孫を残せたのだから恵まれていた方だと言える」


「——私は先ほど、『〝藤原だらけ〟は地方も同じく』と言いましたが、これはどういう事かと言えば、藤原姓の中でもあまり偉くない人々が、官人として中央から地方へと送られ荘園の管理者をしていたという事です。これは他の姓でも同じで、これらの人間の子孫はそれぞれの現地で土着化していく事になる。土着化とは悪く言えば荘園の私物化です。自分達で耕し収穫した物を自分達のものにする。こうして私物化していくとその土地を護るための実力が必要となり、武装しやがて武士になっていく」


「——しかし武士は一人ではできない。兵力というものが必要だからです。だから一族郎党を増やす必要がある。〝増やす〟とは当然子孫を増やす事。要は現地での婚姻です」


「——そんな彼らは中央の貴族から見たら社会的地位は下で、あまり偉くはない。しかし少なくとも同時代の庶民よりは恵まれていたのは間違いない。だから子孫がいる。これを現代人、即ち子孫の視点から見ると『祖先の中の誰かが貴種の子孫であったから』という事になる。こう考えればまったく違和感は無くそれどころか合理的でさえある」


「——つまり、現代を生きている一見庶民に見える者達は本当の意味での庶民ではない。現状、本人がどれほど恵まれていなくても祖先の誰かが恵まれていたから今を生きていると言える。……ただ、本当の意味での庶民の血は消えてしまったのかと、感情的には実に複雑です。そしてこれはこの後も繰り返される。『生涯未婚率』の上昇がこれを証明していると、私はそう考えました」



(いかん。『資料が無いから俗説など無視』の歴史学よりよほどもっともらしいぞ。これは確かに『源平藤橘』が『生涯未婚率』に繋がってしまう……)論説主幹はそう思ってしまった。

 しかし論説主幹はゴネた。理由はゴネたくなったからだった。

「日本人の大半が源平藤橘にゆかりがあるだなんて、それは『家族国家』で『天皇制家族主義』だろう」そう言わずにはいられなかった。左翼モード全開である。

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