第百九十八話【『姓』と『名字』の違い】
聞いた瞬間論説主幹は思わず固まってしまったが、いつまでも固まってはいられない。
「『ウチの先祖に天皇がいます』だなんて、そんな事公然と宣言するなどできわけがない!」そう天狗騨記者に断定をかました。
「しかしそれができるんです。源氏か平氏の子孫、つまり『源姓』か『平姓』という事にすれば『ウチの先祖に天皇がいます』と言えますよ。いや、言わなくても自動的に天皇がいる事になる」
「それは『清和源氏』と『桓武平氏』の事を言っているんだろうが、インチキ臭い家系図など造っても誰が信用する?」
「そう言ってもらえると話が早くて助かります。
『清和源氏』は清和天皇から、『桓武平氏』は桓武天皇から氏族が始まっている天皇起源の氏族とされている。
「天狗騨君、人の話しを聞いてないだろう。そんなインチキ臭い家系図など誰が信用するのかと訊いているんだが」
しかし天狗騨、その質問に答えるつもりがまるで無いよう。代わりにこんな事を言い出した。
「そもそも家系図とはなんでしょう? 先祖を辿り辿ってネアンデルタール人、はたまたその前のアウストラロピテクスまで遡るのでしょうか?」
「旧人を通り越して猿人になっているじゃないか」
「そんな家系図などあり得ないというわけですね」
「当たり前だろう」
「ではもう一つ、別の方向性の家系図について考えてみましょう。他ならぬ天皇家の家系図です。初代は神武天皇。その一代前はカミです。最終的には五代遡ってアマテラスオオミカミ(天照大神)ですよ。天皇はカミから生まれているわけです」
「本気で言っているのか?」
「なるほど、そんな家系図もあり得ないというわけですね」
「何を言わんとしているのか、さっぱり見えてこないが」
「家系図とは『先祖は誰か』を記すものですが、科学的にしろファンタジー的にしろ究極の究極までは遡らないものです。いや、遡れないと言った方が正確でしょうか。先祖の中で一番立派そうな者をして『これが私の先祖だ』と言っているに過ぎません。家系図とは単なる中途半端な中間地点を指しているものでしかありませんよ」
「つまり、『家系図の出発点などよくは解らない』、と。それを言いたいわけか?」論説主幹は確認するように訊いた。
「そうですよ。解らないものはどうとでも解釈できる余地がある。現に家系図に正確性を求めた場合、たいていの人は江戸時代、どんなに判明しても室町時代が限度です。それ以前はもはや〝言い伝え〟レベルでしかありません」
「しかし天狗騨君、江戸時代や室町時代まで遡れれば充分じゃないか。こう言ってはなんだがな、先祖に天皇がいるのだとするなら江戸時代や室町時代の時点で〝或る程度の偉さ〟というものが無いとおかしい。江戸時代に農民だったとか室町時代に商人だったとかじゃあ、どうしてそれが天皇まで辿り着けるのか説得力がまるで無いじゃないか」
「……主幹、どうも話しがすれ違っているような気がしているんですが、もしや『姓』と『名字』の区別をつけていないのでは?」
「似たようなものだろう?」
「いえ、家系図とは〝イエの歴史〟です。つまり〝
「〝同じ姓〟でも意味は通じるし同じじゃないか。現に『夫婦別姓』『夫婦同姓』とか言うだろう」
(まさか、そこから説明しなければならないのか? 『源姓』とか『平姓』とか言ったのにその話しがまったく通じていなかった……)天狗騨は内心で頭を抱えてしまった。とは言え乗りかかった船で今さら降りるに降りられない。どう説明したら手短に済むか、さっそくの論理の構築に取りかかるしかない。
(取り敢えず結論からだ)そう天狗騨は決めた。
「『夫婦別姓』『夫婦同姓』は表現として間違いですね、正確な表現を期すなら『夫婦別名字』『夫婦同名字』とすべきです」とまずは言った。
(〝夫婦別姓〟は〝夫婦別名字〟と表現しなければ正確じゃないだって?)論説主幹は納得できず反駁した。
「『姓名』ということばがある。〝名字と名前〟という意味だろう」
「『姓』と『名字』が一致していたのは平安時代の頃までですよ。今はそこから何百年経っているのかって話しです」
しかし論説主幹の顔には未だ納得の色は見えない。天狗騨は次に何を言ったらいいのか考える羽目に陥り、僅かばかりの間延びの後に最適解と思しき答えに行き着く。
「——では一つ、解りやすい例があります。主幹も『近衛文麿』という人物の名を聞いたことがあるでしょう?」と天狗騨が切り替えてきた。
「いったいこれは何の話しかね?」
「別にあの首相の話しをするわけじゃありません。その父親の話しですよ。名を『
「え、?……」
「もちろん〝実は別人〟だとか〝神社が間違えた〟とかではありません。『近衛』が名字、『藤原』が姓です。名字と姓は別だということがお解り頂けたかと思います」
「……」
「先ほど少し言及しましたが、平安時代頃までは『姓=名字』で、両者は一致していました。しかしあっちも藤原、こっちも藤原、みーんな藤原で誰が誰だか分からない。我々現代人も日本史では非常に覚えにくい体験をしている筈です。同じ事は他の姓でも同様で『源と名の付く武将ばかりで覚えられない』とか思ってしまった人も割といるんじゃないでしょうか?」
「——話しを藤原姓に戻しますと、時代が下るにつれあまりに〝藤原〟が増えすぎて区別をつけないと不便でしょうがないというレベルにまで到達します。そこで『近衛』だとか『九条』だとか『西園寺』だとか別称を付け区別をつけるようになりました。〝藤原だらけ〟は地方も同じくで、やはり同様の事態となっていく。全国的な『姓』と『名字』の分離の始まりです。これが平安時代後期頃。そうして長い年月を経ていつの間にか日本人の意識から『姓』の概念が消えてしまい『名字の別の言い方だ』、とまで勘違いされるようになってしまった」
「——しかし、〝解釈男系〟のためには『姓』を今一度思い出さなければなりません。姓と名字の区別はつかなくなってしまっても『
「確かに聞いた事があるような……」と論説主幹。
「これは実に使える価値観ですよ。なにせ〝伝統的価値観〟ですから、右派・保守派に対する効果が期待できる」やけに自信ありげに天狗騨が言い切った。
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