第百九十五話【次の天皇は誰だ問題】
「極右の話しが天皇制の話しに行き着くとはな」論説主幹はさも意外そうな事を口にした。
「『極右』と来れば〝どう勢力拡大を押しとどめるか〟。そのために『天皇制』に話しが飛ぶのは或る意味当然です。それとも時間、気になりますか?」
論説主幹は腕時計に目を落とす。天狗騨査問会からの続行の流れでこの喫茶店である。
「確か二十時までか」とこの喫茶店の営業時間を口にした。
「一時間切ってますね。韓国の話しをしなければ今ごろはもう終わっていたと思いますが」それを天狗騨記者が言うと、
「それはしょうのない事だ」と論説主幹からは改めるつもりが微塵も感じられないことばで戻ってきた。
(韓国病が治らないなウチの会社は)と天狗騨は心の中で溜め息をつく。しかし韓国について語らせない事などできるわけも無く、まったくのお手上げ状態ではあった。
「十五分くらいなら伸ばせますが」と意外なことばが天狗騨と論説主幹の耳に届いた。マスターがそう口にした。両者そちらを見ればなぜかその顔には笑み。十五分伸ばすと残りは一時間を超える。
「悪いですからなるべく早く切り上げます」そう言うや天狗騨は論説主幹に向き直った。その論説主幹が天狗騨が何かを言う前に自ら口火を切った。
「天狗騨君、率直に言って君が天皇の跡継ぎについてなにを言ってくれるのか、実に興味深いところがある」
「こっちは極右対策として大いに真剣な話しなんですが」と顔を歪める天狗騨。
「時間がもったいない。さっそく始めてくれ」と論説主幹は発言を急いた。
天狗騨は左手を広げブレーキをかけた。
「この話しは時間が無くても丁寧に行かないとなりません」
「ではどこから始める?」
「まずこのASH新聞の社論があやふやです。故意に結論を濁しているようなところがある」
「それを非難するかね?」
「するつもりはありませんがどこかで踏ん切りはつける必要はあるでしょう。私は個人的にこれを『次の天皇は誰だ問題』と呼ぶ事にしています」
「あまりに直裁的だな」
「これくらい言わないと誰も真剣に考えないんじゃないですか。有り体に言って次の天皇、皇嗣じゃないんじゃないですか?」
厳密な皇位継承順位からすると次は天皇の弟の皇嗣殿下という事で決まっている筈である。これが頭の中にあった論説主幹は改めて天狗騨の顔を見た。
「そこまで言う奴もいないよな」
しかし天狗騨は平然とした顔つきで、「私は言いますがね。それでどうも皇嗣の一連の発言を分析するに、仮にそういう状況になったとしても〝即位しない可能性〟があると。私はそう考えているんですが」と応じてみせた。
論説主幹は腕組みをして考える。
「……確かに、次の元号が十年保たない可能性が出てくるとなると、な」と肯くしかない。
ちなみにASH新聞の日付表示は、西暦年メインで元号年の方が括弧入りになっているが。
「後期高齢者で即位なんて事になりますからね」と天狗騨が続ける。
「すると、世代を変えるか?」
「十中八九、次の世代の者が皇位を継ぐことになるでしょう」
「と来れば確かに次の天皇は決まってないな」
「で、ですね、それについての論点は二つあると思うんですよ」
「一つじゃなくて二つか」
「一つは『次の天皇は現天皇の長女か? それとも皇嗣の長男なのか?』という論点。もう一つは『極一部の国民の皇籍復帰はアリか? ナシか?』という論点です」
「後に言った方の論点は『旧宮家の子孫の男子』とかいうやつか?」
「ご明察です。つまり早々と方針を強固に決めている者達がいる。論点1では『次の天皇は皇嗣の長男』。論点2では『極一部の国民の皇籍復帰は有り』とする」
「——むろんこれに反対する者はいる。ただ『この際天皇制を無くしてしまおう』という意味での反対勢力については考えません。我々は極右の伸張を防ぐための議論をしているのですから、極右の伸張を招くような政策を採ろうとする者など論外なわけです」
「では〝ここでは〟そういうのは無視しようじゃないか」と論説主幹は応じた。
天狗騨はうなづくと、
「つまり論点1では『次の天皇は現天皇の長女』。論点2では『極一部の国民の皇籍復帰など有り得ない』。とするタイプの反対論者がいる」
「ちょっと待ち給え天狗騨君、その論点1と2を入れ替えた者が理屈の上で存在する事になるが」
「確かに『次の天皇は皇嗣の長男であり、極一部の国民の皇籍復帰など有り得ない』、または『次の天皇は現天皇の長女であり、極一部の国民の皇籍復帰は有りだ』という者は理屈の上では存在します」
「——しかし実際どうでしょう? 〝皇位は男系男子に限定〟とする者の万が一の際の代替案が『〝旧宮家の子孫の男子〟の皇籍復帰』ですからね。コレを否定する事は無いでしょう」
「——また『次の天皇は現天皇の長女』とする勢力は『〝旧宮家の子孫の男子〟の皇籍復帰』に反対しています。つまり次を女性天皇とする以上、その次の代の事も考え、あらかじめ〝女系も有り〟としておきたい勢力でもあります」
「——つまり主幹が指摘されたパターンは理屈の上では存在しても事実上存在しないと言っていいのではないかと考えます。よって勢力は二分状態です」
「まあ、そうだな。それで天狗騨君、君の考えは?」
「まず、敢えて〝否定意見〟は考慮しません」
「どういう事かね?」
「勢力が二分状態での否定意見の応酬には生産性が無いからです。皇位は男系男子に限るとしている勢力は伝統を振りかざし『万世一系が崩れる』『王朝が変わる』と言って反対勢力を否定し、一方皇位の女系も有りだとする勢力はジェンダーフリーの観点から〝女性というだけで地位が得られない〟という現行制度を否定し、『極一部の国民の皇籍復帰は有りだ』という方策についても、憲法が禁止する〝門地による差別〟だとしてやはり反対勢力を否定している。この両者は水と油で交わる事は永遠に無いでしょう。だから敢えて考えないのです」
「まあ『万世一系』だとか『王朝交代』なんて持ち出されてもな、どちらかと言えば後者の方に分がないか?」
「しかし現状『万世一系』だとか『王朝交代』だとか言っていてもそれなりの支持勢力がいるわけです。おそらくは伝統が近代合理主義の前にねじ曲げられていくのが許せないと、そうした感情があるのでしょう」
「——それを知ってか知らずか皇位の女系も有りだとする勢力は、挙げ句の果てに『そんな伝統は無い!』と反対勢力を根幹から否定し出しますからね、こうなるともはや泥沼ですよ」
「天狗騨君、よもや君はそっち側なのか?」
ニカッと天狗騨は髭もじゃの口を開いて笑う。
「いいえ。〝皇位の女系も有り〟と考えますね。ただしその理由として『ジェンダーフリー』だとか『憲法違反』だとかいった〝近代合理主義〟は敢えて持ち出しません。結局彼らはこういうことばが大嫌いなんでしょうから」
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