第百九十四話【君主制と極右】

「極右に天下を獲らせない方法があるのか?」論説主幹はおうむ返しに訊いた。


 天狗騨がコーヒーを一口すすり、そして言った。

「あまりに定番過ぎる方法、即ち分断ですね」


「どうやったら極右を内部分裂させられる?」論説主幹は答えを急いた。


 天狗騨は僅かに首を傾ける。

「そうした攻撃的な発想ではダメです。『もはや或る程度はしかたない』と言ったばかりじゃないですか。右側陣営の勢力を極右に集約させなければいいんです。つまりは『右翼』と『極右』の2分割にしておく。そのためには天皇制は護るしかない」


 論説主幹は天狗騨の〝答え〟に我が耳を疑った。極右の勢力伸張を防ぐため、どうやったら左派・リベラル勢力が盛り返せるか、期待した答えはこちらの方向性だったからだ。


「極右を防ぐために右翼になれというのは暴論ではないか」


「では〝左側〟がやらかした歴史的大失態をご紹介しましょう」そう言うとまた例によって件の手帳を繰り始める天狗騨。

 その指が止まった。


「ナチスドイツの軍需相にしてヒトラーお抱え建築家アルベルト・シュペーアなる人物の証言です。かのアドルフ・ヒトラーはこんな事を言っていた事がある。即ち、」

 天狗騨はここで一拍の呼吸をとった。


「——『ゼーフェリングのような社会民主主義者の大臣連に私はその後も年金を与えてやった。彼らについてどう考えようと勝手だが、一つだけ功績を認めてやらねばならない。それは彼らが君主制を廃止したことである。これは大きな進歩だった。そのおかげで我々にはじめて道が開かれたのだ。それなのに、今になってまた君主制を取り入れられるかね』と」


 天狗騨は読み終わると手帳をぱたりと閉じ、

「さて、どういう感想を持ちました?」と問うた。


 論説主幹は固まっていた。そこへ向かって天狗騨は言った。


「第一次大戦後、ドイツ帝国がドイツ共和国・通称ワイマール共和国にならず、そのままドイツ帝国として続いていたらナチス党による独裁政権は誕生しなかったと、当のヒトラー本人が言っているって事です」


「——しかもこれは的を射た分析としか言い様がない。ヒトラー首相を首班とする内閣の成立は1933年、翌年1934年に第一次大戦の英雄ヒンデンブルク大統領が死去するとヒトラーは国民投票を実施、首相職と大統領職を統合し〝総統〟を名乗るようになった」


「——ここから解ることは大統領の権威は個人的名声に拠っているだけで代役が効かない。一方で君主制というのは血統だから適切な者でありさえすれば新たに跡目を継いだ者でも権威の代役は効くという事です」


「そしてもう一つ、」とさらに天狗騨は続ける。「君主制を廃止してしまったのは社会民主主義者、つまり〝左派〟だったという事です。ここ日本でも『天皇制は差別の温床』だとして左陣営が天皇制に反対しているが、まったく浅薄な考えです。無教養・無思考ここに極まれりとしか言い様がない」


 論説主幹はASH新聞の論説主幹だからして当然左がかっている。天狗騨の放ったことばの意味は『左は低脳』になっていたから当然カチンと来た。


「しかしだな、差別されている者の視点から見てみればそういう考えだって一つの考え方だろう」とことばが出た。


「一つの考えではありますが実に短絡的ですね」と天狗騨からは火に油を注ぐような回答で戻って来る。


「そこまで悪し様に罵倒するのはどうかと思うが」と執拗に擁護にこだわる論説主幹。


「君主制を廃止して極右が台頭する社会と、君主制を続けて極右が日陰者で居続ける社会と、どちらがマシな社会であるか。マシな方を選択しろという話しです。とは言え憤懣ふんまんがあるようなので、ではこんな実例で考えてみてはいかがです?」


「どんな実例だ?」


「君主制の無いドイツやフランスでは極右政党が躍進していますが、君主制を続けているイギリスで同じ事が起こっているでしょうか?」


「……」


「君主制が無くなっても〝右〟の無くなる社会など永遠に到来しません。『君主制はイヤだ。極右政党の躍進もイヤだ』なんて虫のいい話しが通る事はもう無いんです。それが格差社会を造るために行った種々の改革の結果だからです!」


 もはや論説主幹は遂に何かを言う〝足がかり〟も失っていた。そんな中天狗騨が続けていく。


「ただ、日本には君主制が残っているからイギリスのように極右が台頭しないとは言い切れないんです。イギリスは次の国王、そのまた次の国王に誰が就くか決まっているが、日本の場合次の天皇に誰が就くのか、よく分からないところがあるからです」

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