第百八十九話【旭日旗問題 日韓民族対立のabc証明】
「なんだそのaとかbとかcとかいうのは。abc仮説じゃあるまいに」論説主幹は明らかに面食らっていた。
「こちらはあくまで証明ですよ。その仮説とは違って難解ではありませんがね。ちょっと紙に書いてみますよ」と天狗騨記者は言い、さらさら手帳に。そしていったん筆を止め再開。何事か書き込んでいく。書き終わるとそれを論説主幹に示し言った。
「これが仏暁信晴による旭日旗問題の証明式です」
手帳にはこうあった。
a=bのとき
b=cならば
a=cである
と三行に。これに加えもう一組。
b=aのとき
c=bならば
c=aである
とあった。
「これが極右の頭の中かね?」論説主幹が訊いた。
「そうです」天狗騨が答える。
「まったく当たり前だが。それに最初の一組ともう一組がどう違うのかもさっぱり解らない」
「前者は〝韓国人の思考パターン〟の証明式、後者は〝欧米人の思考パターン〟の証明式です。数学の証明問題のような体裁を整えていますが代入するのは数字ではありません。ことばです。これはなぜ韓国人の要求に欧米人が屈服していくのかを証明しています」
天狗騨のその言い様に論説主幹はあからさまな仏頂面を示した。
「aに『100パーセントの悪』、bに『ナチス』、cに『日本』と、それぞれ代入します」と天狗騨は始めた。「——解りにくいので紙に書きましょう」とさらに続行で手帳にサラサラと。書き上げるとそれを論説主幹に示した。そこにはこうあった。
『100パーセントの悪』=『ナチス』のとき
『ナチス』=『日本』ならば
『100パーセントの悪』=『日本』である
そしてもう一組。
『ナチス』=『100パーセントの悪』
『日本』=『ナチス』
『日本』=『100パーセントの悪』
と書かれていた。
「これはなにかしら解説を聞かないと意味が解らない」論説主幹はお手上げの意を示した。それを受け天狗騨が解説を開始する。
「『100パーセントの悪と言えばナチスだ。日本はナチスと同じだ。だから100パーセントの悪は日本なのだ』、これが韓国人の思考です。そして——」
「——『ナチスは100パーセントの悪だ。日本がナチスと同じだって? じゃあ日本は100パーセントの悪だ』、これが欧米人が陥る思考です。かくして韓国人は『旭日旗問題』で連戦連勝するわけです」
「なるほど……abcの並べ方を変えただけでニュアンスがずいぶんと違ってくるな……」と思わず漏れる論説主幹の声。
「はい。このように『韓国人が日本人を民族的に差別している』は完全に証明されています。なにしろ100パーセントの悪が日本だと、そう言っているんですからね。ここが『旭日旗問題』の深刻さであり核心です。よって日本人の側に韓国に妥協する義務などゼロとなります。極右が言おうが誰が言おうがこれは目の前にある真実です」
しかし慌てて論説主幹は己の感想を打ち消した。
「ちょっと待ってくれ! 待ってくれ!」(極右に感心してどうする)と。
これは将棋でいうところの『待った!』に過ぎず、論説主幹の頭の中にはこの時点でなんらの良い考えも浮かんでいないのにしかしそれでも慌ててこう言った。
「それはあまりにあまりな断定だ。『100パーセントの悪が日本』というのはあまりに極端な断定だ」と。
「ですがこの証明を成り立たせないためには『100パーセントの悪=ナチス』、『ナチス=100パーセントの悪』の部分を否定しなくてはなりません。しかし、もしこんなものを公言したらユダヤ人団体が超速攻で海の向こうから激しい攻撃を加えてくるでしょうね。で、戦えますか? 誰が戦うんですか? 我々ASH新聞ですか?」
「……」
「——むろん私は韓国を守るためにそんな勝敗の見えた抗争などに参加しませんがね」と天狗騨は斬り捨てるように言った。
「そういうことばの揚げ足取りをするんじゃなくもう少し〝大人の対応〟というものがあるだろう」突如として論説主幹は話題を変えた。
「〝お前は100パーセントの悪だ〟などと断定されて人間は温和しくしていられるでしょうか?」と天狗騨。元の話しへと引き戻す。
「それが〝大人の対応〟じゃないか。大人というのは事をことさら荒立てないものだ」
近頃ASH新聞紙上では見なくなったが、かつては日韓関係を扱った社説の常套句だった『大人の対応をすべきだ』がここで出た。
「それは韓国は子どもって事です。『韓国人はガキだ』と言ってヘイトスピーチにならないんですか?」
「それこそ売り言葉に買い言葉で子どもの対応だ」
「ではひとつ、試させてください」
「なにをだ?」
しかし天狗騨は同意を取り付ける前にもう喋り出していた。
「いっぺん言ってみたかったんですよ。ASH新聞は100パーセントの悪だと」
「なっ……」
「韓国人元日本軍慰安婦がいた。韓国人元米軍慰安婦がいた。だが問題にしたのは前者だけ。攻撃したのは日本人だけ。しかも慰安婦問題をめぐる日本国内の状況が自社に不利と見るやアメリカ人に告げ口をした。『歴史修正主義の動きが日本にある』と。普段からどれほど在日米軍基地が問題施設であるか喧伝しているその同じ口が『慰安婦問題を否定したら日米同盟が危うくなる』などと日米安全保障条約を盾に取り日本人を脅迫しました。そして日本人達は慰安婦問題の当事者である筈のアメリカ人達に『国際レイプ国家日本』『国際性奴隷国家日本』と一方的にヘイトスピーチをされた挙げ句その集大成としてアメリカ下院121号決議、いわゆる『慰安婦対日非難決議』を採択されてしまう。そしてこれをきっかけにこの後世界各地各国で同様の『慰安婦対日非難決議』が次々採択されることになります。日本人というだけで殴られ放題でした。あの恨みは忘れようたって忘れられるもんじゃありません。特定民族を狙い撃ちした、〝報道の体裁をとった人種差別〟をアメリカのリベラルメディア、そしてこのASH新聞は行ったのです。ここまで日本人に危害を加えられるのがASH新聞だ。正にこれぞ100パーセントの悪。どこにも善の要素が無い。『慰安婦問題は女性の人権問題だ』という建前すら通じない真実100パーセントの悪。だがそんな100パーセントの悪ASH新聞に対しても私には提案がある。ASH新聞が真に反省の意を示すためにこの私に論説委員の職を与えるべきだ。この天狗騨が論説委員をやったなら必ずや米軍慰安婦問題の追及を日本軍慰安婦問題並みに取り上げ行ってみせる。ASH新聞はきっと生まれ変わる」
「なんだと?……」
ここでニカッと天狗騨は髭もじゃの口を開き笑った。こぼれる白い歯。その表情に瞬間的にハッとし我に返る論説主幹。天狗騨が喋り出す。
「あなたは日本人です。あなたの今のその表情、大人の対応をしようって表情じゃなかった。今私が言った事に嘘はこれっぽっちも含まれてはいなかったわけですが、やっぱり『100パーセントの悪』と断定してくる相手から要求を突きつけられたんじゃあ日本人であろうと怒るんです。ここが喫茶店ではなく居酒屋だったら殴られていたことでしょうね」
「——それとも、自分の身に降りかかる痛みはたとえ僅かでも我慢できないが、他者の痛みにはまったく無頓着なんて事はないでしょうね? もしそうならイジメ野郎確定ですよ」
それを言った天狗騨の眼鏡の向こうの眼が据わっていた。その言い様に何事も言い返せない論説主幹。
「——人間怒るべきときには怒った方がいい。韓国人達が日本人を100パーセントの悪としているのは事実なんです。もはや日韓民族対立の現実を直視すべきでしょう」
天狗騨は親韓派にとって無情とも言えることばを口にした。
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