第百八十八話【もはや、民族対立】

 『韓国人が日本人を民族的に差別している』と聞くや即座に反応してしまう論説主幹。

「〝民族的に〟というのはまったく穏やかじゃないな! 対立しているのは日本政府と韓国政府だろう!」


(要するに〝いつからだろうと後戻りはきく〟と信じたいのだ)と思いながら天狗騨記者が答える。

「穏やかではありませんが、仏暁信晴によれば『もはや日韓間の対立は〝政治対立〟などではなく〝民族対立〟なのだ』そうです。『民族対立はイスラエルに見られるように主に国内で起こるのが一般的だが、国境をまたいだ民族対立は世界に似た事例が無い』と特に強調していました」


「国境をまたいでいる以上それは政府同士の対立じゃないのか? 君の意見も〝民族対立〟なのか?」


「日韓間の問題が政治で解決できない以上、〝民族対立〟と認める他ないかと——」


「それは両国政府に責任があるのでは?」

 論説主幹が言ったのは典型的すぎる『どっちもどっち論』。天狗騨はほんの一瞬天井を見上げた。


「政府同士の対立なら政策で解決できます。が、民族対立となると政策では解決できません。例えばです、日本政府が韓国政府と結んだ『日韓慰安婦合意』、これは正に政策のたまものです。が、慰安婦財団は解散されました。韓国政府自らが日韓合意の無効化狙っているとしか理解できない行動に打って出たのです。こうした事態に合理的説明をつけられることばは『民族対立』以外にはありません」


「韓国政府が民族対立の元凶だと言うのか? それは〝歴史問題〟だろう」


「己の心をごまかすのはやめましょう。韓国人の言う〝歴史〟の中身は『我々の民族がいかに日本人という民族から危害を加えられてきたか』というものです。つまり歴史と言ってみてもそれはいわゆる〝迫害の歴史〟であり、別の表現をするなら民族対立そのものです」

 さらに天狗騨は続ける。

「——問題は、彼ら韓国人の主張に全く筋が通っていないことです。韓国人慰安婦が存在した事をもって迫害されたと定義するなら、韓国は米軍慰安婦問題についても日本軍慰安婦問題と同様の態度をアメリカ合衆国に向け示さねばなりません。韓国政府が米軍慰安婦問題の追及を始めれば日本人も納得し、日韓間のわだかまりなど解消します」


(日韓間は解決しても米韓間はどうなる? そんな破滅的な事をやるわけがない)と思った論説主幹だったが、一方で〝日本相手には何をやっても破滅しない〟とタカをくくっているからこその韓国政府の行動だとも思っていて、要するに口にすれば著しく韓国に不利になるので天狗騨への反論は手控えた。


「——しかしこれは裏を返せば『慰安婦問題』の解決法は既に見つかっているとも言える。つまりんです。これでは決定的な民族対立の根拠とはなり得ません」


「ならば『徴用工問題』か?」


「それもまた政策によって解決します。『徴用工問題』とは韓国政府が条約を守るか破るかという問題ですから」


「そこは日本政府の方から歩み寄るという形では——」


(またこれか……)と天狗騨。これはASH新聞的標準意見と言える。

「それは『どんな問題であろうと日本が韓国の要求に解決する』という意味ですね。〝常に譲歩し続ける〟というのは〝常に問題がある〟事が前提となっていますからまったく問題解決をする意志が無い方法と言えます。その方法は対立状態を永遠の状態とするだけの方法です」


「……じゃあ……『竹島問題』か?」


「『竹島問題』の半分は日米安全保障条約の問題です。アメリカ合衆国が日本への侵略が起こっているのに何もしないという条約破りの問題で、全てを韓国人への憎悪としてぶつけられる類いの問題ではないです」


「それでは民族対立とやらは全て政策で解決できる事になる。それはそれで良いことだ」論説主幹は半ば開き直りながら言い切った。


「ところが絶対に政策で解決できない民族対立があるんですよ。仏暁信晴が〝日韓民族対立の根拠〟としているものです。『日本国内の有力メディアは〝報道しない自由〟を行使し問題を無い事にしている』と演説でぶってました」


「報道しない自由?」


「ええ、主幹もご存じかと思いますが我々メディアを揶揄するネットスラングですね。『何をニュースとするか、何をニュースとしないか』を選別する我々メディアの選択を揶揄する造語です。特定の国々及び特定の人々が不利になるような情報は意図的に隠すか極小さく扱い日本国民には報せないようにする〝自由〟を日常的に行使しているのだとか」


「それは我々が世論操作をしているという意味だぞ」


「まさしく」


「しかしそれは理屈としておかしいだろう。『報道されないことがある』と知っていること自体が矛盾だ。報道していないんだから〝その情報は誰から聞いたんだ?〟って話しになる。どうせ胡散臭いニュースソースなんだろう。だとしたら報道しないことに正当性がある」


「ニュースソースは韓国メディアなんですが」


「韓国メディア……」


「はい」


「……いったいそれはどんな問題なんだ⁉」


「『旭日旗問題』です」


「……」

 論説主幹には確かにその〝問題〟について確かに聞き覚えがあった。そして確かに日本メディアでは日韓間に横たわる問題としては、まったくと言っていいほど取り上げていなかった。


「この『旭日旗問題』というのが他のあらゆる日韓間の問題と決定的に違うのは韓国政府が絡んでいない点にあります」


「では、問題が無いと言っていいのでは?……」と遠慮がちに論説主幹。


「いえ、仏暁信晴によれば最大の問題だと。なにせ韓国の一般民間人が行っている完全なる民間主導の問題だからです。そもそもこの問題、発端からして韓国の民間です。韓国代表のサッカー選手が行ったパフォーマンスが大会主催者から咎められた際の苦し紛れの反論から始まっている。『旭日旗は政治メッセージだ! 俺だけが咎められてなぜ日本人は咎められないのか!』とこんな感じの反論だった筈です。このその場で思いついただけとも言えるような反論で韓国国民の感情に火がついてしまった」


「——それまで韓国社会で何一つ問題として扱われていなかった旭日旗がにわかに問題となり、韓国国民の感情は『旭日旗許すまじ』となった。『旭日旗排斥運動』がネットを中心に大いに盛り上がり、遂には旭日旗そのものではなくても旭日旗模様を見かける度にこのデザインを『ナチスの旗のようなもの』として使用者に抗議し、撤回を迫り、謝罪も迫り、実際に撤回させ、謝罪もさせた。しかも成功する確率が非常に高い、実に勝率がいい。ではなぜ韓国人達は勝てるのか? それは旭日旗をナチスと結びつけるため、ナチスを禁忌とする欧米が面白いように屈服していくからです。欧米がこの調子だと世界にこの価値観が定着していく。この構図は『慰安婦問題』と同じです。そして勝率がいいから益々行動がエスカレートしていく——」


「——かくてこうした運動は今もまだ現在進行形で継続中なのです」


 この後天狗騨が言ったことばで論説主幹はハッとした。

「これが仏暁信晴にとって『韓国人が日本人を民族的に差別している』をする格好の材料となったのです」


 『韓国人が日本人を民族的に差別している』についカッとなってしまったが、肝心な問題は〝〟の方だったと、論説主幹は今さらながらに気がついたのである。証明が成り立たなければこうした言動を逆に韓国人に対するヘイトの証拠とできる。

(そんな証明など成り立つ筈がない)とどこかウキウキし、タカもくくり始めていた。そしてもう一つ、思いついた事があった。


「天狗騨君、君はその証明についてどう思う?」


「簡単に否定できるなら私は〝証明〟などということばは使いません」


「訊き方が悪かった。君はかなりの弁舌の持ち主だ。なら仏暁信晴と勝負して勝てるんじゃないか?」


「難しいでしょう。ドローも難しいかもしれません」


「本気でやるつもりがないんじゃないか?」そのことばの響きには心なしか疑いの念が入り込んでいるように天狗騨には思えた。


(なにを言っているのやら)と内心で溜め息をつき、そして天狗騨は言った。

「a=bのとき、b=cならば、a=cである、ですよ」

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