第百八十七話【リベラル・左派の価値観が奪われ、極右によって使われる(集団的自衛権編2)】

「その仏暁とかいう男が集団的自衛権を否定する立場なら、『台湾有事』でも日本は中立すべきという事になるんじゃないか?」

 この論説主幹の質問は正に〝核心〟だった。


「仏暁信晴によれば『台湾有事』は〝集団的自衛権〟の問題ではありません。〝個別的自衛権〟の問題だという事です」そう天狗騨記者は答えた。


「ちょっと待ってくれ! 台湾はとっくの昔に日本じゃなくなっている。えっと、台湾は国じゃないことになっているが外国だぞ。〝外国が攻撃されても自国への攻撃と見なす〟というのが集団的自衛権の本質だ。同じ外国なのに韓国を見殺しにして台湾は守るというのは韓国差別だろう!」論説主幹は感情が高ぶり一気呵成に畳みかけた。


 しかし天狗騨は落ち着いたものである。元々〝己の意見ではない〟という事も手伝っていた。

「仏暁信晴による理屈付けはこうなります。即ち『戦争が終わった後、次の戦争を考慮する必要があるか否か?』という点を踏まえ〝集団〟と〝個別〟の判断が分かれるのだそうです」


「ん? いささか抽象的で解りにくい物言いだが」と論説主幹は反応した。


「史実に当てはめると解りやすいです。例えばナチスドイツ。一番最初にポーランドに対し戦争を仕掛け占領しましたよね」


「そうだったな」


「しかし戦争はこれで終わらず今度は一転、反対方向のフランスに仕掛けこれも占領してしまう。そこで終わるかと思ったら今度はソビエト占領を目論見始めると。これが短期間の間に立て続けに起こっている。戦争の勝利が次の戦争を呼び起こしているわけです」


「あ……」とようやく合点のいった論説主幹。


「これを『韓国』『台湾』に当てはめると、北朝鮮が韓国に戦争を仕掛けこれを占領した場合、次の戦争を考慮する必要があるか? 中国が台湾に戦争を仕掛けこれを占領した場合、次の戦争を考慮する必要があるか? という事になります」


「……」


「もっと具体的に言うと、北朝鮮が福岡県か山口県に攻めてくる可能性はあるか? 中国が沖縄県に攻めてくる可能性はあるか? という事になります」


「うっ、うむぅ……」


「主幹も中国の国恥地図の話しは覚えていると思います。中国人と中華人民共和国は沖縄県を日本だとは考えていないのは明らかです。それどころか沖縄県がかつて琉球王国だった頃に朝貢国だった事をもって、『中国の領土だ』と考えている。つまり、『台湾は中国の領土だ』も『沖縄は中国の領土だ』も主張の構造は同じ。ともに〝かつて失った領土の問題〟になっている。したがって中華人民共和国が〝かつての中国の領土を取り戻すため〟として台湾に戦争を仕掛けた場合、そこで攻勢が終点を迎えるとは考えにくい。割と短期間に勝ってしまえばさらに領土を取り戻すため次の戦争を始める可能性極めて大である。当然次の戦地はすぐ隣の沖縄県が予想される。故に『台湾有事』は日本の個別的自衛権の問題となるのです」


「り、理屈としてはあり得なくも無いが原理原則は」


「『あり得る』だけで充分なんですよ。例えばロシアのウクライナ侵略。ポーランドの対応がやけに切羽詰まっているとは思いませんか? 先ほど主幹には『ポーランドは隣国ウクライナの戦争難民を多く受け入れている』と言われてしまいましたが、これなどその実例です。それに比べフランス辺りはどうも呑気で、それは大統領選でロシア寄りとされている候補者が得た得票数からも明らかです」


「——ではこのポーランドとフランスの意識の差はどこから来るのか? ポーランド人はロシア軍がウクライナで止まるとは考えられず次の戦争は自国が標的になると予感し、その一方でフランス人はロシア軍はウクライナで止まる筈だと考え次の戦争など予感したくないからです。ロシアの野望が究極には『旧ソ連圏の復活』であると予測されていても『フランスは旧ソ連圏ではない』と内心どこかで思っているのか、どこかふわふわした調子なのです。脅威から物理的距離があるとこのように緊張感が薄まってしまう。そこでこの日本はどうか? 『台湾有事』における日本の立ち位置は間違いなくポーランドの方です」


「ぬぬぅ……」


「故に日本の場合、台湾については〝隣国の危機は自国の危機〟となり、個別的自衛権の問題となるわけです。これに反論しようとすると『日本が攻撃されたわけじゃない』と、ひたすら杓子定規な主張になるしかなく、現代の国際情勢を度外視した極めて無責任な主張になるしかない。それはもう『非武装中立で平和が守られる』に近いほどの無責任さになる。韓国を見殺しにして台湾は助けるというのは一見差別的のように見えて実は非常に合理的判断だと、私はそう考えました」


「極右の言うことに同意するのか?」


「しょうがありません。説得力があるのですから」


「『韓国人差別だ!』は錦の御旗だ。それを主張されればどんなに理屈が正しそうに見えようと差別主義者になるのだ」

 それを言った論説主幹の顔にはどこか勝利感が漂っている。典型的ポリコレ棒の使い手のようでもある。


「その韓国人が日本人を民族的に差別していると証明されてしまったら、その手の主張の説得力はゼロになります。そして仏暁信晴はその証明をやってのけています」論説主幹の勝利感をあっさり否定するかのように天狗騨は言い切った。

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