第百八十五話【リベラル・左派の価値観が奪われ、極右によって使われる(通名/本名編)】

 天狗騨記者は語り出した。

「在日韓国朝鮮人に関する〝美談〟というものがあります。このASH新聞もその方向性で記事を書く癖がある。いわゆる〝通名〟に関しての記事で、要するに『日本名をやめて韓国名を名乗る事にした』、というものです。その美談にはたいていこうした感じの注釈がつきます。曰く、『本当の、ありのままの自分を取り戻せた』と」


「それは正しく美徳・美談というものだ」とすかさず論説主幹は応じてみせた。


「極右・仏暁信晴が同意見だと知って、それでもなお〝美徳・美談〟だと思えますか?」


「なにぃ⁉」


「それほど驚くべき事ではありません。理屈は単純です。『その方が韓国人と日本人の区別が簡単につく』、そういう事です」


「く、区別をつけてどうするつもりだ? 在日差別をするつもりか?」


「ええ、在日中国人もその範ちゅうに入れていますね。要するに同じ肌の色、髪も同じく黒髪の人間に、日本語を流ちょうに喋られ日本人のような名前を名乗られると本物の日本人との区別がつかなくなる。だから『名前で見分けがつくようにしておくべきだ』と、そう主張しているのです。ただ仏暁信晴の主張はここまで。差別者として悪魔化されないよう細心の注意を払っている。後の対し方については『そうした判断材料に基づき日本人個々人が決めるべき事』、としています。どういう名前を名乗るかという問題をにしている。実に隙の無い男です」


 天狗騨本人はまったく気づいていないが、実は天狗騨は微妙に外していた。論説主幹の言った『在日差別』の意味するところは『在日韓国朝鮮人差別』の事であった。

 しかし天狗騨、〝在日〟を文字通り〝日本に在る〟とストレートに受け取ったのである。

 とまれ、『在日米軍』を始めとして多国籍の人間が〝在日〟している現代日本で、『在日』の定義を特定の外国人に範囲を絞り限定する価値観は時代にそぐわなくなってきている。

 そしてあれよあれよという間に天狗騨が次を喋り始め論説主幹はただ流されゆく。「——問題はこのASH新聞を始めとするメディアの価値観だ。『日本人のような名前は名乗るべきではない』という価値観をASH新聞が推している!」


「そっ、そんなわけは、」としか反応できない論説主幹。


「しかし本来どんな名前を名乗るかは個々人の選択の自由ですよ。例えば日系アメリカ人や日系ブラジル人の名前を見て下さい。どこか日本にルーツがあるような部分が残っていて、それでいて全く日本人の名前というわけでもない。こうしたハイブリッドタイプの名前でもアリなんです。ところが在日韓国朝鮮人の場合〝美化対象〟は純粋な韓国式の名前を名乗ると決めた人間だけの限定だ。これでは日本名を名乗っている人間の方は〝己を偽り続ける人間〟となるしかない。彼らの方の選択を蔑ろにしている! これはあまりに露骨な〝価値観の誘導〟で一方の選択肢の強要だ。これはリベラルの価値観ではない! ほとんど無自覚に極右ですよ!」


「あっ、ああ」と反射的に応じてしまう論説主幹。


「ただ、どちらの名を採るにせよ名前はどちらか一つにはすべきでしょう。ケースバイケースで二つの名前を使い分けるような事を続けていると本当の自分が解らなくなり自我が崩壊してしまう。唯一『名前をこの一つに決めた!』という視点でのみ、韓国名を名乗ると決めた在日韓国朝鮮人の決断は美化できる。だから私は『日本名一つに決めた』、も美談として成立すると考えていますよ。むろんハイブリッドタイプもありです。何度でも強調しますが現状、日本名をやめて韓国名にしたという、コレのみを美談と定義している!」


「——なぜこうした価値観になるのか? それは『日本名が強要された!』と韓国人達の主張する〝創氏改名神話〟に無思考、無定見にただ流されているだけだからです! 韓国名のまま陸軍中将にまで登り詰めた人間もいない事になっている!」



 『創氏改名』、それは韓国人達の中では『日帝(大日本帝国)によって日本名を名乗る事が強要され、本当の名前(韓国名)が奪われた!』という事になっている事案、〝日帝の悪行の一つ〟とされている事案である。

 だがこれは全くの間違いで正確には、『創氏+改名』である。どういう事かというと、


 創氏とは『氏(名字)を創り役所に届け出よ』→義務

 改名とは『その際名前(下の名前)を改名する事もできる』→オプション


 というものなのである。

 とにかく届け出さえ出せば名字はなんでもよく、もちろん元の韓国名のまま届け出を出すことも可能。天狗騨の言った韓国名のまま大日本帝国陸軍陸軍中将まで登り詰めた人物がいたのがその証明である。ちなみに名を『洪思翊(ホン・サイク/こう・しよく)』という。

 では〝改名〟とは何か? 名字を日本人風にした場合、下の名前が韓国風(朝鮮風)だとちぐはぐな名前になるとの求めを考慮し、そうした需要に応えるためオプションもつけたのである。これが真の『創氏改名』なのである。



「分かった、分かったから。君が極右と価値観が同じで無い事は」とさすがに論説主幹は天狗騨にストップをかけた。そうして〝まだ足りぬ〟と思ったかさらに付け足した。「そこまで違いをアピールしてくれなくていい。むしろ君と仏暁という男とどう価値観が被るのかそこが知りたい」


「とは言え、極右と価値観が被っているのはASH新聞も同じですが」


「まだあるのか? どんな価値観だ?」


「集団的自衛権の否定です」天狗騨は答えた。

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