第百八十三話【極右は部落差別をしない】

「それは、善人に見せかけるためのカムフラージュだろうか……」

 極右活動家・仏暁信晴は〝部落差別に明確に反対の意を示している〟と天狗騨記者に告げられた論説主幹は考えながら、しかし自信無さげに喋った。


「いえ、極右的思考から自然の流れで出る主張です」と天狗騨は応じた。


「聞けば私でも腑に落ちるかね?」


「落ちるんじゃないでしょうか」


「落ちるかどうかぜひ聞いてみたいもんだな」

 論説主幹のその言いようには〝簡単に落ちてたまるか〟という若干の反駁がみてとれた。が、


」天狗騨がそう言うと論説主幹は固まった。


(なるほど……単純な話しだがしかし言われてみると確かにそうだ……)と思うしかない論説主幹。そして同時にこの言葉の裏にある〝或る意図〟も理解できてしまった。


「『外国人がいる』という訳か?」極めて低く静かな声で論説主幹が確認するように訊いた。


「その通りです。今や地方都市でも外国人定住者の姿は珍しくありません。日本人同士で差別被差別をやるなどナンセンスだ、と」


「だから外国人というのはそりゃあ排外主義だ」


「極右の万国共通な基本的思考は『自国民VS外国人』ですからね」


「しかし〝同和〟の方々も外国人差別実行の過程で自らの対する差別が無くなってもそれはスッキリとはいかないだろう」論説主幹は目の前の天狗騨に苦言を呈していた。


「しかしその路線で行くとおかしな事になります。部落差別に明確に反対する人間を〝同和〟の方々が否定するとなると別構造ができてくる」


「別構造とはなにか?」


「仏暁信晴は『我々は被害者だ』というスタンスで活動を続けています。むろん〝我々〟とは日本人を指している。『我々日本人は日本悪玉史観によって差別されている!』と訴えている側に〝同和〟の方々がつかなかった場合、差別者・被差別者が逆転してしまう。〝同和〟の方々が差別側に立ってしまったらもはや同和でも部落でもないですよ」


「し、しかし『日本悪玉史観』なんて概念は社会に定着してはいないだろう」


「そうですか? 割と普及していることばだと思いますが」


「君が常日頃口にしている〝米軍慰安婦問題〟だって広く知られているとは言えないんじゃないか」


「それを堂々と言うのは問題ですよ。我々ASH新聞を始めとするメディア、むろんアメリカメディアも含みますが、これらが〝米軍慰安婦問題〟を追求しないから問題になってないだけです」


「そ、それは確かにそうだが、まあそのせいかもしれないが、日本は第二次大戦の加害国であるというのが一般常識だろう。それを被害者と言いくるめるのはかなり無理があるんじゃないか」


「主幹、時代はどんどんと流れているんです。今や2020年代ですよ。1940年代の価値基準が永遠不変の訳がないでしょう?」


 天狗騨は論説主幹の口にした『第二次大戦』を『1940年代』と言い換えた。これには論説主幹は詰まるしかない。こうして年代で表現されてしまうと『お前は古い』と言われたも同じだからである。昨今『昭和』という元号が〝古い〟という意味に置き換わり蔑まれる風潮があるが構造的にはそれと同じ。これの西暦バージョンであった。

 『古いんだよ』『いつの時代の価値観だよ』と言われれば、どの世代に属していようと人間は精神的にダメージを負うものである。


「天狗騨君、その言い方はどうかと思うぞ」と論説主幹も例外に漏れずこうした心持ちとなった。


「念のために指摘してきますと別に仏暁信晴は『日本善玉史観』を吹聴しているわけではありません。『日本悪玉史観』とは日本にだけ特別に厳しいルールを課し、同じ事を日本以外の国々が行っても何ら罪に問わないという『日本だけを悪玉にしておく』という歴史観の事です」


(ぬ……)


「——そこで具体例をひとつ。ロシア連邦がウクライナを侵略しロシアによる戦争犯罪が行われたというのが国際的常識です。ではロシア人の戦争犯罪者は捕らえられ裁判にかけられ処刑されるでしょうか?」


「う……」


「ロシア連邦の政治指導者達はA級戦犯として絞首刑になるでしょうか?」


「……」


「私にはズルズルと誤魔化し続けて天寿を全うしてしまう未来しか見えません。戦犯として処刑されるのは日本人だけ。核兵器を持ったロシア人は何をやっても戦犯にならず処刑されないのなら、日本人だけをいつまでも加害者ポジションに縛り付ける行為は差別以外の何者でもない」


「天狗騨君、それは君の考えかね?」


「そうです。旧連合国の著しい不道徳の結果『日本人だけが戦犯にされ処刑されている』、という状況が生まれてしまった。しかも処刑されていてなお日本人は『第二次大戦』でまだ延々責められ続けている。日本人戦犯の処刑は公正なルールに基づかれて行われたのでは無く単なる弱い者イジメだった。これはもうれっきとした被害者ですよ」


「……」

(新たな状況が既にとっくに目の前にあって、価値観がいつまでも固定されていると考える方がおかしいという訳か……)

 しかし論説主幹は天狗騨と〝論争〟するのを目的としていない。気になるのは極右の思考である。


「つまり、加害者は外国人だというわけか?」


「厳密には『日本人に敵対的な人間達』、ですね」


「〝外国人〟とは言わない?」


「即ち『日本悪玉史観』の立場に立つ者はすべからく加害者となります」


「そういう理屈で韓国人や中国人の方を加害者にするというのか⁉」論説主幹、ついつい反射的にことばが出た。


「だけでなくアメリカ人やロシア人も『日本悪玉史観』を持っていると思われます」とさらに天狗騨は補足説明を加えた。そして続行で「仏暁信晴が巧妙なのは日本人もこの中に含める点にあります」と述べた。


「ど、どういう事かね?」


「繰り返しになりますが、であり、国籍は問わないという事です。つまり、我々ASH新聞もこの中に入れられてしまう。これだと外国人も日本人もいっしょくたにしているため理屈の上で〝外国人排斥〟にならないのです」


「……」


「と同時に昨今テレビ界やスポーツ界等で目にする事の多くなった〝ハーフの日本人〟の立場についての説明も簡単につけられる。国籍を問わないという事は民族も問わない事を意味しますから。問うのはあくまで〝行為と価値観〟という訳です。しかもこの手法を用いると、特定の外国人集団を名指ししないで、事実上特定の外国人集団を攻撃できる」


「そ、それはよもや〝韓国人〟ではあるまいな?」


「敢えてぼかしたくらい言いにくいのですが、とても『該当しない』とは断言できません」


「その仏暁信晴という男が極右なら〝韓国人〟に対しどのようなアクションをとるのか⁉」


「ASH新聞の立場からすると複雑なアクションをとりますね」


「ふ、複雑?」


「想像通り、〝友好性〟は無きに等しいですが、論理の展開方てんかいほうがなんともやりにくい」


「天狗騨君、事は韓国人差別に繋がる重大事だ。そんな事では困る」


(なんでウチの会社にはここまで韓国にこだわる人間がいるのか)天狗騨は内心で溜め息をついた。

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