第百七十四話【〝日韓関係〟は何度でも蘇るさ????】

「日韓関係は既に破綻しました。今後蘇る事はありません。なぜならば蘇らせる事で日本の政治家が大損をするからです。私からは以上です」

 本当に天狗騨記者は〝手短に〟終わらせてしまった。


 しかしこれを言われた論説委員の男は何のことだかさっぱり解らない。元々解ろうともしていなかったからこれで〝察しよう〟ともしない。


「まったく解らない! まったく意味不明だ!」そう言ってわめきだした。


 天狗騨はふうっ、と息を吐き言った。

「あなたはついさっき『日本が歩み寄れば関係改善は可能だ』と言いましたね?」


「そうだっ! 日韓関係は何度でも蘇るさっ!」


「だから蘇りません」


「なんだとっ! 理屈に合わないことを言うなっ!」


「あなたの言うこの場合の『日本』とは厳密には日本の政治家です。日本の政治家が歩み寄った結果その政治家自身が大損するのなら、誰一人〝歩み寄ろう〟などとはしませんよ」


「損をするから歩み寄らないなどという事は人として許されない事だ! だいいちそれは政治家の意見などではなくお前の考えそのものだ! お前はついさっき『日韓関係の破綻は韓国人達に原因がある』と口にしただろう! 全ての責任を韓国人に押しつけるとは許し難い! 今さら言ってないとは言わせない! お前は韓国人達にヘイトスピーチをしたのだ! 俺はお前を許さない!」


 一気にことばの爆弾を雨あられとぶつけられたような天狗騨記者。だがしかし、

(なんの漫画の台詞だ?)としか天狗騨は思わなかった。既に眉間に皺が寄っている。


「同じ女性の人権問題だというのに韓国人達は日本軍慰安婦問題だけを追及し米軍慰安婦問題を追求せずアメリカに謝罪も賠償も求めない。つまり慰安婦問題が女性の人権問題というのは真っ赤な嘘! 故に韓国人達が組織的に日本人にヘイトスピーチをしているのは明らかですが、なぜそちらには憤らないのでしょうか?」同害同復とばかりに逆にことばの爆弾をこれまた雨あられとぶつけ返した。これにたじろく論説委員の男。


「うっうるさいっ! 今は徴用工問題が問題なのだ! 話しを逸らすな!」


(それはそっちだ! さっき論点ズラしを指摘したばかりなのにまだ『徴用工』。いよいよ開き直ってきたか。まったく浅知恵が)と天狗騨は憎々しげに思った。


「私に言わせればここで『徴用工問題』を持ち出すなど典型的なヘボ碁・ヘボ将棋の指し手の如し。正に悪手そのもの。その内心も簡単に読めてしまいますね」


「なにっ! 悪手とはどういう意味だっ⁉」


「『慰安婦問題』はアメリカ兵相手の朝鮮人慰安婦がいたという事実からアメリカにも同じ要求をしないと論理的整合性が無くなる。一方『徴用工問題』の方と言えば、アメリカは韓国人を徴用して働かせていないので日本だけを的にしても論理的に破綻は生じない。アメリカ人を攻撃しないで済み、日本人だけを攻撃できる格好のネタが『徴用工問題』という事なのでしょう」


「——しかしっ、徴用の法的根拠は1939年に制定された『国民徴用令』です! 〝朝鮮人徴用令〟じゃないんですよ。さらに言うなら、対象がに限定されていた『国民徴用令』が朝鮮にも直接適用されたのは1944年9月から! つまり日本人が徴用されている間朝鮮人は徴用されずに済んだとも言えるし、1944年9月以降遂に朝鮮人は国民扱いになったとも言えるんです!」


「だというのにやってる本人達は『徴用工問題』を日本人だけを追い込める絶妙手だと信じ込んでいる。この手が悪手だという最大の理由は、大韓民国という国家が条約を破る国であると、韓国人自らの行動で証明してしまうからですよ!」

 炸裂し続ける天狗騨のマシンガントーク。


「別に韓国政府は条約を破棄してはいないっ!」


 その一言に天狗騨は非常に侮蔑的な視線を論説委員の男へと向けた。普通の会社員なら上司相手に絶対にしないような目であった。

「『破っていない』と口で喋るだけで何をやっても条約は破られてない事になるんですか? そこまで韓国人達に肩入れしたいのならこう言うべきです。『徴用工問題なる問題は存在しません』と」


「存在しているだろうが!」


「だとするとそれは『韓国人達が条約を結び解決した筈の問題を蒸し返し再度日本に謝罪と金銭を要求し始めた問題、それが徴用工問題である』と、そういう事になります。だったらそんな問題は無い事にした方がいいでしょう?」


 論説委員の男は顔を真っ赤にし始めたがなにか上手い反論を思いつかない。だが天狗騨は容赦ない。


「我々は『お友達クラブ』『仲良しクラブ』を否定したじゃないですか。友達や仲間と思えばこそ逆に厳しくあらねば、安倍晋三という首相に対する非難は単なる中傷記事だったということになりますよ」


 天狗騨の言った『お友達クラブ』『仲良しクラブ』、これはASH新聞が2006年の第一次安倍晋三政権において、内閣の要職を首相に近く親しい者で固めたことを非難して言った造語であった。


「俺が韓国のお友達で仲良しだと言うのかっ⁉」


「ええ、そうとしか見えなかったもので」


「それは外国の代弁者だと言っているも同じだぞ!」


「では厳しい事が言えるのかどうか、一つあなたに質問です。あなたや韓国人達の言う意味での『徴用工問題』があるとして、では1965年の韓国との条約でいったい何が解決したというんです?」


「……」

 さすがに『何も解決していない』とは言いにくかった。とは言え『解決した』と言ってしまうと韓国人の要求が不当な要求という事になってしまう。よって沈黙するしかなく天狗騨のターンが続いていく。しかも彼は屍体に鞭打つが如く容赦ない。


「日韓基本条約及び日韓請求権協定が結ばれたのは昭和四十年です。東京オリンピックが開かれた後とは言え日本が決して豊かとは言えない時代に無償3億ドル、有償2億ドルもの巨額の資金を大韓民国に渡したのです。これは当時の日本の外貨準備高のおよそ半分にも及びます。韓国併合は第二次大戦と何の関係もないのにこれだけの巨額の金を大韓民国に支払ったのです。これでなお韓国が日本に金銭的要求を行う事が可能で、日本に支払いの義務があるということになったら、この条約では問題は解決しなかったという事になります。さて、そうなると日本国民はこの条約を結んだ政治家の事をどう思うでしょうか? 有能な頼りになる政治家か、無能な政権を任せるべきでなかった政治家か、どちらになるかお答え下さい」


「ぐぐ……二者択一とは卑怯だぞ」


「評価はするかしないかですよ、さあどうぞ」


「……」


「常識的に考えて無能になると思いますが。しかもです、当時の政権と現政権は地続きですよ。めったに政権交代が起きないのが日本ですからね。となると『徴用工問題』で韓国に譲歩し謝りカネを払ってしまったら最期、政権だけではなく政党の命運すらこれで尽きるかもしれない。国民から国家を任せられない無能だとの烙印を押されて。与党の政治家は選挙で皆討ち死にというわけです」


「ぬうううう……」


「ASH新聞は長期政権の与党が嫌いで政権交代を期待する立場ですが、昨今野党が保守化していますからね、共産主義政党と組んだ野党は凋落です。政権交代が起こるとしても今度の政権交代はASH新聞的に果たして好ましい政権交代になるのかどうか」


「ぎぃい……」


「もうお解りでしょう? 日本の政治家は韓国に対する対応で自らの政治生命が決まる。議員バッジを失ったら政治家など無職の人ですよ。どの政治家がそんな道を選ぶんです? この際アメリカ政府とアメリカメディアが日本の政治家を『韓国に譲歩するように』と脅しても無意味です。日本の政治家は基本外国に要求されると譲歩してしまう人々ですが、それは結局己の生活がかかっていないから譲歩できるのです。が、己の生活がかかっているとなると話しは全く別だ。人間は己の生活を脅かす者の言うことなどきかず、逆に憎しみ始める。こうした人間の本質から日本の政治家から韓国に歩み寄る可能性などゼロと断言して差しつかえない。できることなら一番最初に私が言ったことばで察して頂きたかった」これでもかとダメ押しのダメ押しに説明をし尽くした天狗騨記者。


 キリキリキリと論説委員の男の奥歯が鳴るだけ。


「ただ、日韓関係は既に破綻していますが韓国が国を挙げて『米軍慰安婦問題』でアメリカ合衆国の責任を追及し、その一方『徴用工問題』は引っ込め日本との条約を守る意志を鮮明にした場合、修復は可能であるかもしれません」天狗騨は無造作に言った。


 韓国人達が集団でアメリカ人達に『国際レイプ国家アメリカ! 朝鮮人女性を性奴隷にした罪を償うため謝罪して賠償しろ!』などと騒いだ場合、アメリカ人達が温和しくその要求を呑むか否か、また要求者達に何もせず温和しくしていてくれるか? その答えは火を見るよりも明らかだった。これはかつて天狗騨が死刑廃止論者達にイスラム世界と戦うよう要求したのと構図的に寸分の違いも無い。天狗騨は全てを理解した上でなお要求できる人間なのである。人種差別主義者として生きるよりは己の価値観に殉ずる名誉を与えようとする。彼は人間としてあるべき姿を求めている、としか思っていない。その後の韓国の運命などどうでも良いのであった。

 これに論説委員の男は応えなかった。彼はまた論点をズラす。


「韓国に譲歩して政権が倒れるなんてことは起こらないんだ! 与党は盤石だ!」突如論説委員の男が口走った。それはほとんど暴言と言ってよく、さすがにこの言い様にASH新聞役員用会議室内はざわついた。『なんでコイツは与党を応援しているんだ?』と。


「もういい。そこまでだ」論説主幹がストップをかけた。


「しかしですね——」食い下がる論説委員の男。


「政治家が、自分の利益にならないくらいならともかくその身分を失いかねない行動をとるわけがない。天狗騨の分析は妥当だろう」


「失うとお考えですか?」


「ただでさえ韓国は慰安婦財団を解散し『日韓慰安婦合意』を事実上破棄している。日本国民の印象がひどく悪くなっているんだ」


「韓国政府は『破棄した』とは言っていません」


「またそれか。いい加減にし給え。だいいち、『徴用工問題』で政府攻撃をする事で人気が出るなら野党がやってるだろ。主要な野党がやらん時点で推して知るべしだろう」


「それは我々のアシストが足りないからです」


「そんな事をして君が責任を取るのか?」


「……」


「世の中には〝程度〟という問題がある。この話しはこれで終わりだ。じゃあ天狗騨君、君の話を聞かせてもらおうじゃないか」こうして論説主幹は〝韓国の話し〟を終わらせてしまった。

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