第百五十九話【支持されないテロ/支持されるテロ2 頭数の問題】

「あなたは何か勘違いをされているようですが。私は別に韓国人達を責め立てるつもりは毛頭ありません」天狗騨記者はそう答えた。


 しかしそうは言われてもASH新聞論説主幹としての立場では『韓国人達が日本政府へのテロに快哉を叫んでいる』などと認められる訳がない。さりとて安重根が『安重根』になっているのも事実なので論説主幹は切り返し方が解らなくなっていた。論説主幹だけではない。このASH新聞役員用会議室内にいる全員がそうだった。


「まったくそうは見えないが」

 論説主幹はそう返すのが精一杯。


「繰り返しになりますが私が今『テロを起こした側』の視点に立ち物事を考えていることをお忘れ無く。そうした思考をしなければ、なぜ韓国人達がテロリストを〝義士〟と讃え、21世紀の現在も未だに崇拝しているか、まったく解らないじゃないですか」


「だからその理解の仕方に問題があるんだ! 『韓国人達が日本政府に対するテロを支持しているから』などと、言い方ってもんがあるだろ!」


「それについては誰でも簡単に思いつく〝逃げ口上〟があるじゃないですか。『今の日本政府に対するテロを支持しているわけではない』という。なのでさほどに心配する必要は無いでしょう」


(確かに理屈の上ではそれでなんとかなりそうだが……)論説主幹が薄ぼんやりとそんな考え事をしている最中、続行で天狗騨が口を開いた。

「この世には『支持されるテロ』がある。その一つの実例を示したまでです」


「そんな考えが認められるか!」思考より早くことばが飛び出した。立場上絶対に〝良心的人間〟として振る舞わねばならない論説主幹である。しかし天狗騨には立場というものが無いようだった。


「〝考え〟じゃないんですね、〝現実〟ですよ。テロとは特定層を標的とした攻撃で、その特定層によっては、たとえテロでも支持される。気に食わない者がやられれば〝ザマァ〟となるのは万国共通の普遍的な人間心理というものじゃないでしょうか」


(この男はいったい〝人間〟をどう理解しているのか?)論説主幹は思ったが一方であまりに薄っぺらたく聞こえる反論も口にする気が起きなかった。

「安重根はほとんど唯一の例外で、他に『支持されるテロ』の話しなど聞いたことも無いが」と言った。


「それについて考えられる理由はひとつしかありません。単純に支持者の〝頭数〟の問題です」


「まるでどんなテロにも支持する者がいるみたいな言い草じゃないか」


 天狗騨記者はキョトンとした顔をした。そしてこう言った。

「お馴染みの連中がいるじゃないですか」


 論説主幹はとっさにソレを思いつかなかった。天狗騨は続けた。


「毎年毎年5月3日にこの建物(ASH新聞東京本社)の前に集まって『今こそ一億赤報隊となり反日新聞を徹底的に叩きつぶせぇーっ!』とか怒鳴っている連中はテロを支持していますよね」


 論説主幹は絶句した。言われれば確かにそうだった。


「テレビカメラを向けられても平然と『この事件については義挙である、立派な行動である』と喋り続けていましたよ。この連中の存在もまた『テロは支持される』の証明です」


 ASH新聞社内でこんな事を言えば当然罵声と怒号が飛び交うのは想像に難くない。その通りにたちまちのうちに大騒ぎとなった。しかし天狗騨、頭のネジが飛んでいるのでまったく平然とし続けている。

 騒ぎがトーンダウンする絶妙のタイミングを見計らい続きを語り出した。

「皆さんがこうして怒るであろう事を読んで私がこの話しを持ち出した、とは考えませんか?」


「計算ずく、と言いたいのかね?」論説主幹は訊いた。


「テロをされた側の立場からすれば、そのテロを支持する人間に対しては今し方皆さんが反応したとおり〝憎しみ〟を抱くわけです」


(天狗騨に……嵌められた……?)論説主幹は声も出せない。


「安重根を義士とする韓国人達に少なからず反感を覚えるのが日本人でしょうし、911同時多発テロを支持する人間達には激しい憎悪を抱くのがアメリカ人でしょう。頭数という数の上ではテロ支持者と五分五分でしょうね」


「何が言いたいのかね?」


「グローバル経済を押し進めた結果日本を含む世界中で貧富の格差が際限なく拡大しているのが現代社会です。富裕層はさらに富裕するために貧しい人々を踏みにじっている。こうした人々の恨みが充満するこの世界で『富裕層に対するテロ』は確実に支持者を生み出します。その際そのテロ支持者達に対し反感を持ってくれたり憎悪してくれたりする人間はどれほどいるでしょうか? 富裕層は少数です。ちょっとしかいないのなら反感や憎悪を持ってくれる者も少数。それこそ〝〟になります」


「それは脅しか⁉ だいたい君の説では既に『富裕層に対するテロ』が起こっているそうだが、誰もそんなテロに共感など持ってはいないではないか!」


「私の見立てでは確実に『富裕層に対するテロ』は起こっています。直視したくない者は見て見ぬ振りをしている。ただ〝引きこもり〟では共感されないという事でしょう。社会は〝働かない者〟を憎悪していますからね。生活保護受給者が叩かれている事にも通じていると言える。しかし、犯人の境遇とターゲットの選択次第ではこの流れは容易に変わりうる」


「暴言だ! あまりに暴言だ! 君のジャーナリストとしての資質が疑われる!」叫ぶように論説主幹が言った。


「言っておきますが負け組が温和しく負けたままでいてくれると思う方がどうかしている。人間という存在に対する理解がまるで足りていない」


「人をテロリスト予備軍のように言うのは問題だ」


「では非正規雇用者が目の前の仕事をコツコツ続けていて人生浮かぶ瀬はありますか? 例えばマイホームは持てますか?」


「う……」詰まるしかない論説主幹。


「だから日本人はもう温和しくありませんよ、と言っているじゃないですか。そうした前提で本紙(ASH新聞)は編集方針を決めるべきです」


「ひっ、開き直る気かね?」


「人々を貧しくする〝改革〟を善き事だとして押し進める報道が続けられています。これについて、ジャーナリストとしての資質に疑問符はつかないんですか?」


「……」


「ジャーナリズムは多数の弱者の側に立つべきだ。私はそうあるべきと考えています。しかしこの新聞(ASH新聞)は違っている。ついこの間も富裕層の側に立った社説を書いていたでしょう。ああいうものは排除すべきです」


「そんなもの身に覚えが無いっ!」論説主幹の声が甲高く響き渡った。

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