第百五十話【ロシアやアメリカには弱く、韓国だけには強いのか?】

「大きく出たな。だが我々がそう易々と言いくるめられると思ったら大間違いだ!」論説委員の男が啖呵を切った。典型的な〝話し合っても平行線〟のパターンである。


(『説明しろ』と要求しながらこの態度)天狗騨記者は思った。


 ここでも確認しておかねばならない。常人には中々理解しにくいのかもしれないがここASH新聞社内においては北朝鮮及び北朝鮮系や韓国が非難されると我が身が傷つけられたかのような感覚を覚え激高する者は決して珍しくない。

 『日韓請求権協定』を破らずに徴用工に対する補償の道を開こうとする考えの韓国人達。その行状を〝詐欺〟と言ってのけた天狗騨に、論説委員の男は心の底からの憎悪を覚えているのである。


 しかし天狗騨、そんな相手の内心もどこ吹く風、

「まるで韓国人の魂が乗り移ったかのようになっていますね」などと曰った。


「なんだと⁉ お前はネット右翼か⁉」


「はぁ?」

 唐突に出てきた〝ネット右翼〟という単語。それをぶしつけにぶつけられた天狗騨はとっさには何のことか解らない。


 一応解説しておくと、ネット右翼界隈の価値観では、日本語を用い親韓発言すると誰でももれなく在日韓国朝鮮人になれる。

 少しのタイムラグの後に(あぁ)と天狗騨は合点し、

「あなたには理解し難いのかもしれませんが、あなたが本当に韓国人達のためになるような事を言っているかどうかというのは、実は怪しいものです」と言ってのけた。


 言われた方はついカッとなった。

「お前の方が韓国人達のためになっていると言うつもりか⁉」もはやその声はこれ以上のトーンは無いというほどの怒声であった。しかしそれでも天狗騨慌ても騒ぎもせず、かくの如く言った。

「むろんです。それどころか私は世界のためになることを言っています」


「己を買いかぶるな天狗騨!」


「あなたのように『絶対に同意すまい』と固く決意した人間には、まず認めざるを得ない事実を積み上げ、そこから結論を導くより仕方ありません」


「ほう。俺の知らないトンデモない事実でも知っていそうな口ぶりだな」


「いえ。誰でも知ってる事実です。端的に言って〝日本人の短所〟です」


「抽象的だな。話しを広げて煙に巻くつもりか?」


「いいえ。具体的です。『日本人は外国に弱い』。こういう短所がある」


「語るに落ちるとはこの事だ。何を言うかと思ったら排外主義の肯定か」


「見当違いの事を言っているのはあなたですよ。『日本人は外国に弱い』。こうした日本人の特性を一番理解しているのは我が社(ASH新聞)でしょう? 自分達のしてきたことくらい覚えておいて欲しいものですね」


「何を言っているのか解らんな!」


「ではご説明しましょう。アメリカメディアにご注進し、アメリカから日本に外圧をかけさせ、そうして日本政府を動かしてきた。こうした行為の目的は日本を自分達の価値観に服従させることです。慰安婦問題であなた方が使った手法は日本人の弱点を理解していなくてはできない手法だった」


「いつまでも慰安婦問題で無双できると思うな!」論説委員の男は怒りの形相も露わに怒鳴りつけた。その昔はASH新聞こそが『慰安婦問題』で無双できたものだったが。

 そしてむろんいつものことだがどれほど怒鳴っても天狗騨には効いていない。

「それだけじゃあありませんよ。〝死刑廃止〟にしろ〝夫婦別姓〟にしろ、『外国ではこうだ!』とすぐ外国を持ち出しているじゃないですか」とさらに言うことを発展させてきた。


「だいたい韓国の話しはどこへ行ったんだ⁉」遂にしびれを切らした論説委員の男が話しを韓国へと引き戻す。


「あなたの言うことにいちいち応えていると話しが逸れていくということです。ともかくも『日本人は外国に弱い』という事実には同意してくれた事でしょう。これで充分です。そんな日本人の代表の日本政府も日本人なのでやはり外国に弱い。外国人が握り拳を突き上げ目を剥いたら途端に外国人の価値観に服従しカネを出したりもする。そうした方が本格的な対立に発展せず楽だからそうしているのです。一語で言い表すなら『事なかれ主義』、残念ながらこれが日本人の性質です」


「無駄なお喋りはもういい! 結論を早く言え!」


「北方領土を巡る日ロ交渉で日ソ中立条約破りを持ち出さず、安全保障を巡る日米交渉で日米安保条約破り、即ち韓国の竹島占領を持ち出さないのが日本政府だ。交渉相手国の条約破りを持ち出せば確実に交渉に優位な立ち位置を得られるのになぜかそれをやらない。結局対立が怖く、対立しない方が楽だからです。つまり『事なかれ主義』です」


 具体的な話しに移行したせいか論説委員の男は今度は口を挟まなくなった。


「——にも関わらず、韓国だけには日韓請求権協定という条約を持ち出す。『この条約を破るのは許し難い』と。これは不自然じゃあないですか?」


「フン、言うことはそんなもんか。その疑問は簡単だ。ロシアやアメリカが強くて怖いから条約を破ったことなど持ち出せないのだ。それに比べて韓国はたいして強くない。だから持ち出せる。強い者には弱く、弱い者には強いだけだ」


(なにが『強い者には弱く、弱い者には強い』だ! 日本軍慰安婦問題は追及するが米軍慰安婦問題は追及しないお前達の口が言うことか!)と天狗騨ははらわたが煮えたぎってきたがそこはかろうじて抑えた。

「韓国は近頃GDPに占める軍事費の割合がどんどん高くなっていて、長距離ミサイルや空母にも手を出しています。今や数字上必ずしも日本が強いとは限りません」天狗騨は言った。


「核だ。核兵器の有無だ!」


「核兵器の保有/不保有で日本政府が態度を変えているという仮説ですか。しかし『日本は核兵器を持っていない国にだけは強く出られる』なら慰安婦問題でわざわざ官房長官談話など出しません。日韓慰安婦合意をわざわざ結んだのも説明がつかない」


「アメリカだ! アメリカが『日本は韓国に謝れ!』と圧力を掛けたから謝ったのだ。今回はなぜかそれが無かった!」割ととんでもない事を論説委員の男は曰った。


「例によってアメリカは北朝鮮問題があるからと、『日韓関係の改善を』と求めてきています。これ即ち日本に譲歩を求める〝圧力〟ですよ。『無い』という断言はおかしい。ではなんで今回に限り日本政府はアメリカの圧力を一見ものともしてないのでしょうか?」


「そんなものが解るか!」


「日本政府は核兵器を持っている国と持っていない国で態度を変える、という仮説が崩壊していることを認めましたね」


 その無礼な物言いに論説委員の男はイラッと来た。

「じゃあお前が説明しろ!」とつい怒鳴ってしまった。今度こそ本当に説明を聞く態度であると天狗騨は確信を得た。

 髭もじゃの口がニカッと開いた。

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