第百四十六話【三十年前から変わらない? ド定番・靖國神社な攻防3(A級戦犯編)】

 引き継いだ男が「靖國神社にはA級戦犯が祀られている!」の続きを喋り出した。この男は〝編集委員〟との肩書きである。が、天狗騨記者にとってはそんなものは比較的どうでもいい。


「天狗騨君、靖國神社は戦後A級戦犯を合祀したんだ。誰からも強要されていない。自発的にだ。君は『靖國神社を、後に〝軍国主義〟を信奉する連中が精神的支柱にしてしまった』などと言い、あたかも国家神道の総本山である靖國神社までもが『軍国主義』の犠牲者であるように言ったが、A級戦犯を合祀してしまった以上、そうした主張に説得力は無い」


「なぜでしょう?」


「なぜって、こんなことも解らんのか! A級戦犯とは先の戦争を指導した軍国主義者だ! そんな者達も祀るとなればそれは『国家神道』が『軍国主義』と関係があるという何よりの証拠ではないか!」


「いわゆる『A級戦犯』が靖國神社に合祀された時は戦後ですから、既に存在しなくなっていた『国家神道』とは関係ないでしょう」


「まさかとは思うが、A級戦犯の合祀に問題が無いと言ったのではあるまいな?」


「ええ、誰を祀ろうと問題は無いですね」


「バカな!」


「誰を祀るかは靖國神社の自由です。それが気に食わないと思うのも自由ですが、最終的に『仕方あるまい』と諦める他ないでしょう。なにせそれが憲法の保障する信教の自由なのですから」


「おっ、お前、A級戦犯を祀っても構わないとはどういうことだっ⁉」

 この時点で当初の〝天狗騨君〟が〝お前〟呼ばわりになっていた。しかし天狗騨としてはいつものことなのでさほど気にかけない。


「先ほどから聞いていると『A級戦犯』『A級戦犯』と、やけにこれを絶対視する。しかしながら『A級戦犯』という価値観には普遍性などありません。故に価値基準とはなりません。基準とならないのだから『A級戦犯』は善悪を分別する指標になどできないということです」

 天狗騨は絶妙の間をとり続ける。

「——『A級戦犯』を祀ってないから良い追悼施設、『A級戦犯』を祀っているから悪い追悼施設などとは間違っても言えないということです」


「遂にそこまで歴史を軽んじ始めたか! 許せんっ!」


「ならばこちらからは、『遂にそこまで人権を軽んじ始めたか! 許せんっ!』ということばを贈り返しましょう」


「お前は『歴史』と『人権』が対立する概念だと思っているのか! これは可笑しい!」と編集委員の男は言うやワッハハハハと笑い始めた。それにつられるように他の者達もワッハハハハハハハハと笑い始めた。


 天狗騨記者はその〝嗤い〟が収まるまで辛抱強く待ち続けた。さすがに人間、そう長時間バカみたくは笑ってはいられない。やがて誰も笑い続けられなくなり皆笑うのをやめてしまった。

 その頃合いを見計らったかのように天狗騨が語り出した。

「おかしなことに、日本人以外の〝A級戦犯〟はいません」


「だがドイツ人で死刑になった者はいるだろう! 日本人以外いないというのは嘘だ!」編集委員の男が叫ぶように言った。


「ドイツ人に相手には『A級戦犯』という造語が使われていないのは事実ですよ。『ドイツ人A級戦犯』なんてことばが存在していますか?」


「……」編集委員の男には天狗騨の意図が読めない。


「存在していません。だからドイツの場合ニュルンベルク裁判で死刑判決を受けていても〝ただの死刑囚〟でしかありません。故に『日本人以外の〝A級戦犯〟はいません』というのはファクトです」


「ごちゃごちゃ屁理屈を抜かしているようにしか聞こえないが」


「これは典型的なネームコーリングという宣伝方法です。ドイツの場合は『ナチス』という絶対的ネガティブワードが既に存在していたから新しいものを発明する必要が無かった。自動的に『ナチスの死刑囚』になるというわけです。日本の場合はこのネガティブワードが『軍国主義者』になってしまう。『軍国主義者の死刑囚』では裁かれる者を将来に渡って絶対悪として規定するためには著しく弱い。そこで新しく絶対的ネガティブワードとして発明されたのが『A級戦犯』であると考えられます」


「君の感想を披露してくれなどとこちらは求めてない!」この男もドンと机を大きく叩いた。


「ドイツがどうとか言い出すからですよ。本番はここからです」と言いながら天狗騨は懐に手を突っ込む。「どうせドイツがどーとか持ち出すなら『敗けた方しか処刑されてない』、くらいのことは言って欲しかったですね」言いながら天狗騨はICレコーダーを取り出した。

「私は卑劣な真似はしません。録音するときは録音すると予め宣言しておきましょう」そう言った天狗騨はその録音ボタンを押していた。録音状態を示す赤ランプが小さく点灯した。


「広島・長崎に対して核を使った大量虐殺が行われました。私はこれを命令した者、実行した者は『A級戦犯』だと考えますがあなたはどうですか?」言いながらやおら天狗騨は椅子から立ち上がる。

 つかつかと歩き出し今現在天狗騨とやり合っている編集委員の真っ正面に立つ。そしてその口元にICレコーダーを突きつけた。さらに続けこうも語りかけた。

「戦争が終わっても日本人捕虜を帰さずわざわざ酷寒のシベリアまで強制連行し強制労働させた。その数200万人。うち40万人が死亡。私はこれを命令した者、実行した者も『A級戦犯』だと考えますがあなたはどうですか?」


 編集委員は口元に合口よろしくICレコーダーを突きつけられるという無礼を働かれているにも関わらず何も言えなくなっていた。


「あなたはどうです?」と天狗騨は今度は隣に座る男にICレコーダーを突きつける。


「核兵器で大量虐殺しても、捕虜を強制労働させ大量虐殺しても『A級戦犯』にならないのはおかしくありませんか?」


 答えないとみるや今度は次の男へと。

「『アメリカ人A級戦犯』や『ロシア人A級戦犯』がいないのはおかしい。そうは思いませんか?」


「それが戦争に負けるということだ」その男が悟ったような事をつぶやいた。


 天狗騨がニタリと笑った。

「そういうあなたにはこう訊きましょう。第一次世界大戦には敗けた方にも『A級戦犯』はいませんが」


「その代わりドイツは天文学的な賠償金を取られている!」


「あなたもまたドイツに逃げるつもりですか? 私はカネの話しをしているんじゃないんです。『戦争犯罪』の話しをしている。戦争の勝敗と戦争犯罪がリンクしているのはおかしい、と言っているんです。勝敗と犯罪の有無は別じゃあないですかね」


 ここまで言われ、さすがにもう〝ドイツ返し〟が難しくなった。その男も黙りこくる。


「さて、中断を余儀なくされましたが私は今、第一次世界大戦に『A級戦犯』はいない、と言いました。これは第二次世界大戦を基準とした場合の過去です。では未来の方はどうでしょう? 第二次世界大戦以降にも戦争はあまた起こりましたが『A級戦犯』はいません。日本人以外の『A級戦犯』は存在しない。果たしてこれで『A級戦犯』なる価値観に普遍性があると言えるでしょうか? これは日本人だけに対象を限定した差別語に他なりません。こうした差別語を被差別者が後生大事に守る必要がどこにありますか? むしろ差別とは戦わねばならない! 今からでもアメリカ人やロシア人の第二次大戦中の戦争犯罪を問い、『アメリカ人A級戦犯』や『ロシア人A級戦犯』の誕生を促すべきと、キャンペーンするべきです。戦勝国にもA級戦犯がいる! それを実現させて始めて『A級戦犯』という価値観が普遍性を持ったと言える!」


「キサマぁ、完全に開き直ったな!」また別の男が天狗騨に突撃していく。


「A級戦犯14人が合祀されている靖國神社に政治家が行くということは、サンフランシスコ講和条約で東京裁判を受け入れ国際社会に復帰した戦後日本の歩みの否定にもつながりかねないのだっっ!」


(ああまたか)としか天狗騨記者は思わなかった。ASH新聞は何度でも靖國神社を叩く。首相が靖國神社に参拝しなくても靖國社説を書く。書き続ける。


(同じ事が延々繰り返される以上、こちらも同じ事を同じ数だけ言わねばならなくなる——)諦観調に天狗騨は思った。

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