第百四十四話【三十年前から変わらない? ド定番・靖國神社な攻防1(政教分離編)】

「なにが可笑しいっっっっ!」叫び出した論説委員がさらに叫んだ。


 天狗騨記者は苦笑いができない性質タチであった。しかし当人は苦笑いしているつもりだったのである。


「なんとなく何を訊かれるか読めてしまったもので」


「読めるなどとは! お前は超能力者じゃないだろう!」


「そりゃそうです。しかし『靖國神社がどういうものか理解してない』などと言い出されては誰でも見当はつきますよ」天狗騨は答えた。


(どうせいつものパターンで同じ事しか訊かないのだろう)天狗騨はそう思い苦笑いをしたのである。

(ここにASH新聞のいくつかの靖國社説があるとして、首相名を伏せ字にした場合、この社説がいつ書かれたものかを当てることなど不可能だ)

(なにせ30年前の社説と今日の社説がまるで同じなのだから)

 しかしさすがに、『どうせいつものワンパターンだろう』とは天狗騨は口にはしなかった。


「じゃあお前に何が問われているか言ってみろ!」一人の論説委員が本格的に仕掛けてきた。


「でもですね、問われているのは私が論説委員室へ踏み込んだ理由なのでは?」


「だがそれだけではない! お前に歴史観はあるか? 正にソコを我々は問うている!」


「歴史観があるから第二の国家神道の誕生をなんとしても阻止する、と言っているのがご理解頂けませんか?」


「黙れ! お前自身の歪んだ歴史観もまた厳しく問わねばならない!」


「『問う』以上は『黙れ』はおかしいのでは?」天狗騨が突っ込んだ。


「だっ、黙れ! 余計なことは黙れと言っているんだ!」血気にはやるその論説委員は足元をすくわれたことを強引にねじ伏せ宣言するように言った。

「軍国主義の精神的支柱である国家神道の中心的施設に閣僚ら政治指導者が参拝することは、遺族や一般の人々が犠牲者を悼むのとは全く異なる意味を持つんだ!」


「おかしな言い分ですね」


「どこがだ⁉」


「靖國神社に行くべきではない理由が『軍国主義の精神的支柱である国家神道の中心的施設だから』なら、『一般の人々も行くべきではない』と、そう主張しないとおかしくはないですか? しかし現状そう言えていませんね? これはなぜですか?」


「せっ、政治家だけは特別だ!」


「違うでしょう。『一般の人々も行ってはならない』などと主張すれば宗教戦争状態に突入するからでしょう?」


「政治家だけは特別だと言ってるだろう!」またも強引にねじ伏せたその一人の論説委員。


「するとあなたには『』と言いたいわけですね?」


「そんなことは言ってない!」


 確かにASH新聞は政治家が靖國神社へ行くことについて、『道徳的に行くのは問題がある』と言っているだけである。

 が、天狗騨記者にとっては『道徳的優位』といった曖昧模糊な価値観は関係が無い。その主張の立ち位置が本物の『正義ポジション』かどうかが問題なのだった。


「しかし一般の人は行っていいが、政治家は行ってはならない、と言ってますよね? つまりそうすることが政治家の義務だと」


「ヌッ!」さっそくもう詰まった。


「『政治家には靖國神社に行かない義務がある』、このような価値観は純粋に信教の自由を侵害する憲法違反な価値観です。何の裏づけも無い無法の言い分だ。政治家が靖國神社について果たすべき義務はただ一つ。ただこれだけです」


「憲法が定めるからの疑義が無いと言うのか⁉ お前は!」


政治家達は政府行事として靖國神社に行ってるわけではありません。だから行く者と行かない者に分かれるのです。行く者にしても何日に行くとかいうのも個人の気まぐれでしかありません。政府の行事を靖國神社で行ってるわけではないので政教分離に関する疑義はありません」


「な、なんだとっ⁉」


「政治家が宗教に関わってはならないと心底あなたが信じているなら、特定宗教を支持母体とする政党が連立という形を通し国家に影響を与え続けているこの日本の政治状態を非難すべきでしょう」


「そっ、そういうお前はどうなんだ⁉」


「私は『政教分離原理主義』の立場はとりません。政治家個人の宗教観に他者が介入しそれを改めさせる行為こそ憲法違反だと考えます」


「それは政治家が靖國神社に行ってもいいという意味ではないか!」


「ええそうですよ。個人の自由意志は最大限尊重されるべきです。憲法はそれをこそ保証している」


「そんな憲法解釈があるか!」


「しかしあなた方には己の主張に殉じる覚悟が無い。『政教分離原理主義』の立場を貫く意志など持っていない」


「持っている!」


「持っていると口先で言っても未だにそれは形になって表現されていません。この場では威勢のいいことを言っても何の意味もありません。実際宗教は怖いですからね。できないんでしょう」


「な、なんだとっ!」


「『政教分離原理主義』を唱えると必然的に宗教と対立します。そうした覚悟があなた方に無いのでは? と言っているんです」


「ヌッ!」


「まあ目を海外に転じても例えばドイツでは『キリスト教』と堂々宗教名を明示した政党もあるくらいですから、許容の範囲内ではないですか。政教分離をあまりに原理主義的に主張すれば宗教絡みの問題となり、社会に抜き差しならぬ対立と憎悪を生むことでしょう」


「やっ、靖國神社だけは特別だっ!」


「だとするとその言説自体が完全に大問題です。それは特定宗教に的を絞った弾圧ですね。それこそ憲法を踏みにじる発言だし、まともなジャーナリズムの採るべき態度ではない」


「巧みに話しを逸らすなっ! 〝歴史観〟の話しをしていた筈だっ! 政治家が靖國神社を参拝すれば、日本が過去への反省を忘れ、戦前の歴史を正当化しようとしていると受け取られても仕方あるまいと言っているんだ!」


「つまりもう〝政教分離〟の話しは終わったということですね?」


「わっ、私は最初から『お前に歴史観はあるか?』と言っていただろう!」

「もういい! 私が引き継ぐ!」ここで突然まったく別の者が口を挟んできた。天狗騨相手にこの男を喋らせ続ければ、査問する側が追い込まれるという前代未聞の状態に追い込まれるのがあまりに見えていたからである。


 しかし新たな男は『引き継ぐ!』と言ったのであり、『止める』とは言わなかった。ド定番な靖國論争を引き継ぐらしかった。


 再び天狗騨の髭もじゃの口がニカッと開いた。当人は苦笑いしているつもりである。

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