第十八章 全ASH新聞VS天狗騨記者
第百四十二話【遂に始まる。天狗騨記者査問委員会】
ここは東京都C区TKJ……日本を代表する〝自称オピニオンリーダー〟なメディア……ASH新聞東京本社・役員用会議室である。
ずらりと並んだASH新聞社を動かしているお歴々。社長、役員、論説委員、編集委員等々、その数総勢二十余名。その中に天狗騨記者自身が知っている顔はたったの三人。論説主幹と、末席に座るあの左沢政治部長、同じく末席に座る天狗騨の上司・社会部長のみである。
驚くべきことに天狗騨は社長の顔すらあやふやにしか知らない。おそらく街ですれ違っても気がつくかどうかも怪しい。ましてやそれ以下は推して知るべし。
その天狗騨は最終面接に進んだ就活生よろしく総勢二十余名の前で、ひと脚の椅子に座らされている。
「天狗騨君! 君がなぜここに応召されているか解っているんだろうね⁉」
誰だか分からない者がさっそく天狗騨記者に先制攻撃を始めた。
「査問だからでしょう」
「そんな人を食ったような答えがあるか! 査問される原因を訊いているんだこっちは!」
「おそらくは私が論説委員室へ殴り込んだことでしょうね」天狗騨は言った。
「『おそらく』は余計だっ! 正にそれなんだよ!」また別の者が口を開いた。
「なるほど、私に脅迫されたことを根に持って、ということですか」
「なにが『根に持つ』だ! もはやその返事をもって直ちに処分の断を下していいくらいだ!」さらに別の者が口を開いた。
「ということはもう終わりですか。ご苦労さまでした」しれっと天狗騨が言った。
「こんなに早く終わるわけがないだろうっ!」いちばん最初に口を開いた者が怒鳴った。
「と言いますと?」
「君の行状の事前調査くらい済んでいるんだ! 何一つ発言を許さず一方的な処断をした場合、君がなにを社内で吹き回るかくらい想定内だと言ってるんだ!」
「ではお言葉に甘えひとつだけ発言をいいですか?」
「君は我々に訊かれたことだけを話せばいいんだ!」
「じゃあ事前調査の意味がありませんでしたね。何一つ発言を許さないのですから」
「質問に答えられればもう充分だろう!」
「いいえ。『質問に対する回答』と『発言』には天と地ほどの違いがありますよ。『回答』とは求められ期待される答えです。それ以外は回答にならないのですから自由などはありません。一方『発言』は自主的な意見の表明なのですからこちらには自由があります」
「もういい!」中央に座った人物が初めて声を上げた。「その代わり自由な発言はこの一度限りだ」
天狗騨は髭もじゃの口を開きニカッと笑うと、おもむろに喋り出した。
「なぜ皆さんは査問する側に立っているのですか?」
「なんだとォ?」また別の誰かが口を開いた。
「ここにいるASH新聞社の幹部達は『日本軍慰安婦問題』は追及するが『米軍慰安婦問題』の追及を一切やらない差別主義者達だ。そのような方々がまるで正義であるかのような顔をして、なぜこの私を査問にかけているのかと、それについての答えを頂きたい」
これは天狗騨記者の十八番である。ニューヨークのリベラル新聞の東京支局長相手にも用いた戦術である。リベラルアメリカ人支局長相手にはかつての相撲取り『小錦関』の話し(第三十八話参照)でまず先制攻撃を仕掛けた。
相手が〝正義の立ち位置〟から攻撃を仕掛けてくることが予期される場合、その正義ポジションに自ら入り込み、自由にプレー(自由に攻撃)させないというサッカー的戦術なのである。
かくして全ASH新聞VS天狗騨記者の戦いは、セオリー通りの前哨戦から始まった。
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