第百四十話【〝政治部〟はいかに役立たず集団か。議院内閣制・イギリスVS日本】

 沈黙を続ける社会部デスクに社会部長が畳みかける。

「君は大義のためには動きたくはないとしても君自身の生活のためには立ち上がることはできる筈だ」


「ちょちょっと待って下さい!」


「いざリストラリストに自分の名前が載ってから『首切り反対!』とやっても後の祭りだぞ。切られる前に立ち上がらねばな。それが今だ」


「わっ、私が大義のためには何もできないと面前で断言するのはあまりに失礼じゃないですかっ!」社会部デスクが己のささやかな名誉のために抵抗を始めた。


「大義を語るなら『新聞がこんなにも無節操に社論を変えていい筈がない』だが、行動の原理が『そんな新聞は次々契約を切られ我々社員のリストラに繋がる』であってもいいだろう」


 社会部長はその内心など問うていない。行動を問うのみである。徐々にクーデター荷担へと追い詰められる社会部デスク。しかし——、


「だからといっていくらなんでも政治部をアホ呼ばわりするとか、なんというか罵詈雑言が過ぎるのでは? あまりに激しい攻撃姿勢を見せればこっち側が却って悪党になってしまいます」と必死の抵抗。


「今回の国立追悼施設を巡っての一八〇度の社論変更も、そこ(政治部)が元凶だろう。元凶と戦わずにどうして社内改革などできる?」


「そこはもっと穏便に説得するとかですね」


「粘るな君も。無節操に加えて無能なんだからアホと言ってもいいだろう」


「でもしかし——」


「こんなことでは昼休みが終わってしまうぞ。いいか、報道企業の内部において政治部の存在意義とはなんだ? 天狗騨、どう考える?」しびれを切らし社会部長が天狗騨記者に振った。


「言わずと知れた『権力の監視』でしょうね」天狗騨は答えた。


「その通りだ。政治権力を常に監視し社会をより良い方向へ導く役割が課されている」社会部長は言った。


「はい」と天狗騨がうなづく。社会部デスクは無言のまま。


「だが政治部の連中ときたら内閣支持率を下げるべく下げるべくキャンペーン報道する。そこまでならまだいい。支持率が30%を切った辺りから今度は政局を煽り始める。いっつもやってる黄金パターンというヤツだ」


「——煽られた国会議員達は慌てふためき、さあ〝首相の首切りショー〟の始まりだ。そのショーの演出が政治部の仕事だと信じ込み、演出家気取りで慌てふためく議員どもを見て愉しんでいる節さえある。これが自称エリートのすることだ」


「——誤解の無いよう言っておかねばならないが、これはASH新聞社だけに限らない。同業他社の政治部も大同小異の五十歩百歩だ。とても『社会をより良くする』役割を果たしているように見えない。逆に何のために存在しているのか、その存在意義が解らなくなるほどだ」


 ここで社会部デスクがここでようやく口を開けた。

「しかし内閣総理大臣は独裁者ではありません。国会議員が首相に様々に要望を出せるというのは民主主義では当然のことです」ことばの端に政治部を庇おうとする意図がにじみ出た。


 しかし社会部長は極めて冷淡に言った。

「違うな。議員個人の利己主義だ」


「どうしてです⁉」


「結局やっていることは〝ナントカ降ろし〟だからだ。むろんその〝ナントカ〟の部分には当代の首相の人名が入る。その要望の中身は決まって『アノ首相では選挙に勝てない』。国会議員が曰うこのセリフには〝俺は国会議員のままでいたい〟という意味しかない」


「それは『党内民主主義』というものです!」


「首相をたった一年で代えることを民主主義と言うのかね? 諸外国と比べて異例の短さだが」


「ロシアのように十年単位で代わらないよりはマシです!」


「ロシアなんかと比べてどうする。日本の政治制度は議院内閣制なんだから比べるならイギリスだろう」


 と、ここで社会部長が天狗騨張りに背広の内ポケットから手帳を取り出した。おもむろにそれを開く。


「解りやすいよう『平成年間』でイギリスと日本を比べよう。西暦に換算すると1989年から2019年までの間になる。この30年と4ヶ月ほどの間にイギリスでは何人の首相が在職したか、日本では何人の首相が在職したか、これを比べる」


「……」


「答えは〝6対18〟だ。むろんイギリスが〝6〟の方だ。平成元年時に首相職に就いていたサッチャーから始まり、メージャー、ブレア、ブラウン、キャメロン、と続き6人目のメイで平成31年だ。それに比べて日本は30年と4ヶ月ほどの間で18人の首相だから平均して2年も保ってない」


「……」


「さぁてこの数字を踏まえ、イギリス人に『党内民主主義』を説いたらなんと言うかな?」


「……」


「『日本人には議院内閣制の運用は難しい。アメリカのような単純な政治システムに変更した方が良い』くらいのことは言うぞ」


「……」


「たった一年で次々首相が代わっていくことが日本という国家のためになると思うか?」


「……」


「なるわけがない!」


 その語調にぶるっと萎縮する社会部デスク。なおも話しを続ける社会部長。


「——政権与党の党内都合で首相の任期が決まり、首相としての寿命がたった一年でも全く気にもしない。国会議員のままでいたい、国会議員として永久就職し続けたいという、個々の政治家の個人利益のために首相の首が切られ続けている。そんなことをする連中が国会議員などをやっている」


「——国家よりも党の方が上位の価値観というのはまったく中華人民共和国と同じ価値観だ。こんな価値観など即刻改めさせなければならない筈なのに政治部は何もしない。報道するのは〝政局〟ばかり。議員の私益に名分を与えることしかやらない。彼らの偽エリートぶりが解ろうというものじゃあないか」


「……」


「人間をたった一年で使い捨てにしていく行為は因習でしかない」


「……」


「どういうわけか『アノ首相では選挙に勝てない』と言ったという匿名の政治家が〝報道〟に頻繁に登場するが、いったい誰が言ったのか実名で報道された例しはない。『政局』とは専ら煽動を生業とする政治部と自分の身分にしか興味のない政治家の癒着の産物だ」


 さらに社会部長は続けていく。


「本来なら『アノ首相では選挙に勝てない』などと言って自己の利益のために首相の首をすげ替えようとする者達の実名を晒して有権者に報せ、政治の場から速やかに退場させるのが政治部の役割だ」


「なるほど解りました」天狗騨がここで名乗りを上げた。「私の査問を逆手に取り、一気にと持っていくというわけですね」と続けた。


 我が意を得たり、とばかりに社会部長が口元に笑みを浮かべた。反対に蒼い顔をしている社会部デスク——

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