第百三十九話【天狗騨記者が脇役に? 社会部、部長VSデスク(『公平』と『中立』の違い)】

「なにが〝倒産寸前〟ですかッ! 部長は何も言わず聞いていただけですかッ⁉」

 社会部デスクが彼にしては珍しく、社会部長、そしてアメリカ人に激昂した。

 しかし社会部長の目にはアメリカ人に対しては〝激高してみせた〟ようにしか映らない。


「だがASH新聞社の収支が悪化し続けているのは事実だ。現に我々の給料もカットされている。だが持ち直しの気配が無い。底が見えない」社会部長は言った。


「苦しいのは事実でも倒産などあり得ない!」社会部デスクの断言!

 だがその言い様になぜか社会部長が肯いた。


「俺は『腐ってもASH新聞』と言ったろう。名のある会社というのはしぶとい。そうそう簡単に倒産などしない」社会部長は答えた。


「そうでしょうとも!」と応じる社会部デスク。


「しかし〝個人〟は別だ」社会部長は言った。


「は?」


「会社は生き残っても個人は死ぬ。俺の社会部記者としてのキャリアのスタートはバブル崩壊直後からだからな。よく見聞きしたよ。まず切られるのはブルーカラー、ホワイトカラーでは中間管理職だ。つまり、俺や君だ」


「ななななな!」


「社員の首を平然と切れる経営者ほど有能な経営者ともてはやされたな。『コストカッター』とか言ってな」


「……」


「『リストラ』ってのがずいぶん長い間流行語だったよ」


「……」


「論説委員や編集委員といった〝上級〟はいい。どこぞの大学教授の椅子でもゲットするんだろう」

 社会部長は『上級』という半ばネットスラング化した刺激的なことばを用いてきた。

「さて、中途半端な地位の俺や君の未来は明るいと思うか?」


 そう問われ、否定したいという意志だけはあるのにただ歯噛みするだけの社会部デスク。


「だが傾いた会社を建て直す方法は『従業員を切る』ばかりじゃあない。これまでのやり方を改め『新分野の開拓』に着手するという道もある」


「それは『ネットに収益の軸を移す』という意味では言っていませんよね?……」


「その通り。そういう話しならわざわざここ(喫茶店)まで来てする必要は無い。ニューヨークのリベラル新聞も『ネットに収益の軸を移す』までに相当の人員整理をした。社員は死んでも会社は生き残るという実例だな」


「じゃあ部長が言うのはということじゃないですか! 社論を右傾化させることが『新分野の開拓』ですか!」


「では外国が怒りだしたらその外国の意を汲んで日本を外国の意のままにすることを〝左〟というのか? それが〝左傾化〟か? 違う。〝左〟とは社会主義や共産主義を指向する者だ」


「我々は〝リベラル〟です!」


「リベラルであるということは公平であるということだ。このASH新聞の〝報道〟は日本に言ったことと同じ事を外国に言っていると思うか?」


「それは……」


「そこで答えが詰まるということは同じ事は言えていないということだ」


 社会部デスクはぐうの音も出ない。相手が天狗騨ならキレて怒鳴り散らすところだが相手は〝部長〟である。それも手伝っている。


「君は『はっしゅたぐ・外国の手先』と、SNSで飛び交っていたことを知っているな? 手先云々は我々メディアを指して言っている」


「そんなものは一時の流行に過ぎません!」


「だが我々は中国や韓国だけの代弁をしていたわけじゃない。アメリカの代弁でもあった。しかし『外国の手先』と言われてしまう」


「正に危うい右傾化です!」


「言うことはそういう紋切り型だけか?」


「他に言い様がありませんから!」


「アメリカを持ち出せば、つまり『日米同盟』を持ち出せば日本人は温和しくなる筈だった……、んじゃなかったのか?」


「そんな物騒なことを言うヤツは極一部ですよ!」


「極一部しか言わないのなら社会は右傾化などしないな」


「……」社会部デスクは反射的にものを言って自爆した。


「現実を直視しろ」


「……はい」


「問題は空気は変わり始めてきたってことだ。その原因はどうやら我々メディアにあるようだ」


「では部長は空気に合わせて報道方針を変えろと言うんですか⁉」


「その空気を元に戻す」


「どうやって⁉」


「日本人の目から見て公平であると、そう思われるような報道に改めなければならない」


「ASH新聞は中立だ!」


「或る意味君は正確にものを言うな」社会部長が皮肉含みに言った。


「中立じゃないと言うんですか?」気色ばむ社会部デスク。


「『中立』なんて誉められない、と言ってるんだ。〝公平中立〟などと合わせて使うケースが目につくが、『公平』と『中立』は違う。AとBが対立している状態での〝中立〟とは『どちらにもつかない』という意味だ」


「いいじゃないですか! それで!」


「良くはない。具体例を考えるとすぐ解る。日本人拉致問題だ。北朝鮮と日本が対立している。どちらにもつかないのが〝中立〟だ。だがこのケースでどちらにもつかないというのは北朝鮮の犯罪行為を薄める効果を生む。それを『公平』とは言わない」


「……」


「この手のバカな〝報道〟のために我々が職を失っていいのか?」


「ちょ、ちょっと待って下さい。外国に反論すると『公平』になるというのは危うい考えです!」


「もしかして『公平』の意味が解らないのか?」そう言いながら社会部長は自身の腕時計に目を落とした。

「——なら手短に説明する。我々は社会部なのだから『刑事事件の裁判官』を考えるのが解りやすい。裁判官は原告か被告か、最終的にどちらか側につく。どちらにもつかない『中立』という結論は無い。予め定めてある一定の基準に基づきどちらにつくかを結論する。予め定めてある一定の基準に基づいて結論を出すこうした行為を『公平』という。『公平』とは好悪の感情や自己都合で結論を導かない行為を指す」


「しかしもっともらしい言葉で飾り立ててもそれは結局『社内クーデター』では……」社会部デスクは議論では旗色が悪いと、社内政治に逃げ込んだ。だが——


「その通り。我々が主導権を握る。これ以上政治部を中心としたアホどもに報道を任せていたら死ぬぞ」と、悪びれることも無く社会部長は言い切った。


「しかし政治部の連中にだってそれなりに言い分が……」


「左沢をお前の生活のために切れ」


 『左沢』とは天狗騨記者に特攻したあの政治部長である。それを自分の利益のために裏切れと、真っ正面から迫った社会部長だった。誰が内通者か解って言っていた。


 天狗騨記者は脇でこのやり取りを傍観してるだけ————

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