第百三十一話【加堂内閣総理大臣】
東京都C区N町——首相官邸。
革張りの椅子に浅く、背もたれにまで全体重を乗せ、もたれかかるように座っている男がいた。そのため座面部にまで背中がくっついてしまっている。
男は時の内閣総理大臣、加堂であった。顎を引き歯は食いしばられ顔は蒼ざめている。ここは総理執務室。
誰に聞かせるのでもなくひと言ひと言、ぼつり、ぼつりとつぶやき始める。
「国立追悼施設は……完全な失敗に終わった……」
「アレはもはや無駄な公共事業だと決した……」
「しかも国が造ったが故に直接外国から改善要求が突きつけられる」
現に『「国立追悼施設」私ならこうする』と知日派のアメリカ人の寄稿が日本のいくつかの新聞に載っていた。あからさまな改造要求だった。
「もはやわたしを庇う者などいなくなってしまった…………聞こえてくるのは非難ばかりだ」
「国立追悼施設を造るのは正しい……全部のマスコミと、過半数を優に超える国会議員がそれを正しい政策と認めていた筈だ。世論調査だってそうだった」
おもむろに加堂首相は椅子にもたれかかるのをやめ、今度は机に肘をついて極端な前傾姿勢をとり頭を抱えた。
「その正しさが……なぜ外国政府の考えひとつで間違ったことになるのだ!」
「こんなことがあっていいのか……?」
「どうやら首相としてわたしは歴史に名が残るようだ」
「『国立追悼施設問題』という国際問題を造ってしまった首相として……」
「もう放火くらいじゃ済まないかもな……撃たれるかもしれん————」
一体どれぐらいの時間だろうか、ひたすら沈思黙考の時間が流れる。加堂が突如笑い出した。信じられないほどの音量の高笑いだった。
「なるほど、〝アメリカは東アジア地域の安定が我が国の国益だ〟と繰り返してきた。中国や韓国が騒ぎ安定が損なわれればその原因が靖國だろうと国立追悼施設だろうと同じことだと言うわけか。私も含めそれに思い至らない日本の政治家も日本のマスコミもなんと無能なことか! それに気づかないのだ。日本が戦没者を追悼しようとすれば摩擦が起こる。ならそれをさせなければよいというオチになるのは必然だ——」
ひとしきり言い終わると再び部屋の中が静かになった。今度は怒りの感情が爆発する。
「俺がアメリカを訪問した折、俺はアーリントン墓地に献花させられたんだぞ! だいたい米西戦争のあの時に
——そして加堂の口からどろりとしたことばが滴りおちた。
「問題は発生するのではない。後から人間が造り出すのだ……だが俺は外国政府の改善要求などに応じるつもりはない。たとえその相手がアメリカ合衆国だろうとな。今俺を非難している自称諸外国との外交関係を何よりも大切する政治家にその仕事をやらせてやる。お前たちも俺と同じ立場に立つべきなのだ……」
それを言い、またも沈黙する加堂。そして突然の大声。
「おのれぇっ裏切り者め! 嘘つきめ! この加堂が終生……いや死んでからもキサマら全てに取り憑き一族もろとも呪い殺してくれるわっ!」
死相の絶叫だった。
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