第百二十九話【ASH新聞社の社論、バッタリと反対方向へ変わる】

 どーん! という衝撃音が脳内から聞こえたような気がした。

 ここは東京都C区N町——首相官邸。ASH新聞の衝撃的な紙面に加堂首相はただただ唖然呆然としていた。口が開きっぱなしになってしまっている。そのASH新聞とは天狗騨記者が論説委員室で暴れ回った日の次の日、僅か一日後の日付のものであった。


【国立追悼施設に中国反発】


【韓国政府も非難声明】


【アジアの信頼得られず政権窮地に】


【手詰まり日本外交】


【のしかかる歴史の重み】などなど。見出しの巨大な活字が踊っていた。


 ページをめくり社説を見てみると、通常二本ある社説が段を抜いた一本モノの拡大社説になっており、

【国立追悼施設を考える】

【やはり問題と言わざるを得ない】と、タイトル、サブタイトルがついていた。



 加堂首相の傍らには古溝官房長官が立っており、言った。

「元々保守派はこの施設を外国の要求に屈して造ったものとして嫌っていましたし、今まで『造れ、造れ』と言っていた連中がこの有様です。今まで〝国立追悼施設〟を支持してきた連中が、です」


「国立追悼施設を攻撃し始めた新聞は?」加堂は訊き返した。


「今のところASH新聞とMIN新聞だけのようですね。他は『丁寧な説明を尽くせ』と、そういった日和見的な論調が主ですね」


「ならば問題ない。フン、こんな奴らの圧力でこの私がどうにかなるとでも思っているのか? 奴らが今さら何を言おうと今まで『国立追悼施設を造れ!』と主張してきた事実は消せないぞ!」

 そしてやめられない止まらない。

「——だいたい、中国や韓国との外交関係がどうのこうのが今さら効くと思っているのか! 私が首相になる前からこの両国との関係など悪かったじゃないか。今さらそんなものが失点になると思うのか。私は現状を維持したにすぎんよ」

 加堂は毒づき、いよいよ開き直っていた。



 だが〝反対方向への流れ〟は加速するばかりだった。〝テレビも〟であった。

 夜10時頃からの時間帯のニュース番組では番組内に25分もの時間を使った特集が組まれ、『はんたーい! 国立追悼施設はんたーい‼』とシュプレヒコールを上げるデモ隊が映し出されている。横断幕や幟には〔反対! 国立追悼施設〕〔許さない!〕〔聞け! アジアの声!〕などの文字が読み取れた。


 真夜中から朝にかけて行われるテレビ生討論番組が急遽設定され、白髪頭の司会者が右手をせわしく振りながら大声で喋る。

「さて、本日は国立追悼施設についてです。韓国政府からは一刻も早く新国立追悼施設を実現するよう要請が——」


 しかしそれでも加堂は微動だにしない。動くつもりなどなかった。

(こんなバカな問題、いや問題でさえない事柄で失脚などあってたまるか!)このように考えていた。



 次の日になってもそのまた次の日になっても、中国や韓国が日本の国立追悼施設を『問題施設だ』と騒ぎ続けしかも騒ぎを止めるつもりがないようだった。中国はロシアまで巻き込み遂にはロシア政府が日本人の戦没者追悼を攻撃し始めた。

 こうして国立追悼施設はある意味定番に展開し歴史に絡められ、国連へ、日中韓以外の国へ、特にアメリカへと。いつもの道を辿っていた。



「総理、大変です! 米四大紙が揃って国立追悼施設非難です!」古溝が血相を変えて総理執務室に飛び込んで来た。

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