第百二十六話【国立追悼施設のギミック2】

「『追悼対象をひとつにまとめるべきではない』とはどういうことだ?」加堂首相が訊いた。


 その質問を受け、さっそく山柿外相が喋り出す。『国立追悼施設建設作業チームのリーダー』なのだからそれも当然。

「具体的な例を挙げ説明しましょう。靖國神社に祀られた朝鮮半島出身者の例ですが、遺族が『祀るな』と求めています。その言い分は『加害者と被害者を一緒にするな』です」ここで山柿は一拍間を置き、


「—— 一方国内ですが『A級戦犯と一緒に祀られたくない』という声があります」


 加堂首相は頷くそぶりを見せつつも山柿外相の表現に危ういものを感じた。かつては自分も同じ言い方をしていたから大きな事は言えないのだが、内閣総理大臣になった今、言葉の選び方・扱い方は慎重の上にも慎重でなければならない。取り敢えず今は山柿外相に茶茶を入れるのを思いとどまり話を続けさせた。


「——ところがどのように追悼対象を分ければ国内外のわだかまりが無くなるのかについては皆が満足する答えは遂に出ませんでした」


「……」

 ではなぜここに『国立追悼施設』が現実に存在しているのか? これは何なのか? と加堂は問いたくなり、何か言おうとしたところで再び山柿外相が喋りだす。説明はまだ一区切りもついていない。


「しかし参考までにシミュレーションを紹介します」

 山柿外相は内ポケットから紙片を取り出し、それに目を落としつつ読み始める。


「『国立追悼施設・追悼対象分化試案。

 1 一般戦没者その一 職業軍人、且つ血統が日本人。

 2 一般戦没者その二 赤紙組の軍人・軍属、且つ血統が日本人。

 3 一般戦没者その三 民間人、且つ血統が日本人。

 4 台湾出身の軍人・民間人。

 5 朝鮮半島出身の軍人・民間人。

 6 日本の交戦国だった国の軍人その一(アジア系)

 7 日本の交戦国だった国の軍人その二(欧米系)

 8 日本の戦闘及び占領地域の民間の外国人。

 9 東京裁判において『A級戦犯以外の戦犯』として刑死した者。

 10 東京裁判において『A級戦犯』として刑死した者。』

というような具合です」

 山柿外相の長い紙片の読み上げがようやく一段落した。


「そこまで考えたか」と加堂は言う他ない。


「ハ…しかし作業チームは想像力の続く限り細分化できるであろうとの結論を得ました」


「なるほど、それで無記名の石柱が並んでいる……という理解でいいか?」加堂は確認のため一応念を押してみた。山柿外相は〝流石は総理〟というような満足そうな笑みを浮かべて話の締めくくりに入った。


「分化は必要でした。〝嫌いなカテゴリー〟に属する者とは区別して祀られている、と思えること。あるいは祀って欲しくない者は祀られてはいないのだ、と思える余地は残さなくてはならなかったのです」


「ところで外務大臣、なぜBC級戦犯とされた人も一般戦没者と区別するのだ? 一般論として被害者という扱いだ。説明を求められた際にその説明で行ったら加堂内閣の評判が……」


「バカな事を言うマスコミとその御用学者のせいだと思って諦めて下さい」山柿外相はニッコリ笑いながらあっさりと言ってのけた。


「——『日本はサンフランシスコ講和条約を結んで東京裁判を受け入れたから、戦犯の追悼は条約違反とおなじ』と言うのです。しかしA級のみならず、『B級・C級』もまた戦犯でありますから、彼ら『BC級戦犯』を追悼することもまたサンフランシスコ講和条約違反とおなじだ、となってしまうわけです。故に分化せざるを得ませんでした」


「……条約には追悼を厳禁するなどとはどこにも書いてないが……」加堂は半ば呆れながらふいに、

「何がおなじだ! つまらん印象操作しやがって!」と声を荒げ毒づいた。それだけでは収まらなかったのか、

「そのせいでオレがビンボーくじを」といかにも忌々しげにつぶやいた。


 これには山柿外相も古溝官房長官も何も言わない。


「ところで……」加堂は〝最重要点〟を問いただすべく山柿外相の方へ向き直り言った。

「さっきの試案で気になっていることがあるんだが……」


「——『A級戦犯』とされた人を完全に追悼の対象からは外さないのか?」


 正に問題の核心部分であった。加堂首相は内心(それでいいのだな? 外務大臣)と問うたつもりであった。山柿外相の普段の言動からこういう発想を容認するとは到底思えなかったのだ。

 

 絶妙の間を置き山柿外相は語り始めた。山柿は相変わらず顔に笑みを浮かべながら話をしているが加堂の目には不敵に笑っているようにしか見えなかった。

「この施設はあくまで〝〟であるというのが絶対のタテマエです。国外の人々にだけわだかまりが無くなればいいというものではありません」


 意外な人物が意外な事を言ったようにしか思えなかった。山柿はさらに続ける。


「——逆に国内に新たなわだかまりを生んでしまったら造らない方がマシだった、とさえ言えます」


「——例えばこの施設に『A級戦犯は祀られていません』、と明示して国民にどう思われるでしょうか?」


 加堂首相の頭の中にフイに『ここにはA級戦争犯罪者いません』『犯罪人取り除いています』という立て看板が浮かんだ。


「今までの中国・韓国がかけてきた圧力の経緯から外国の命令で造られた施設であることが、決定的になってしまうでしょう——」


 山柿外相は一端話しを区切る。そしてまだ説明を続けていく。

「となれば、靖國と比べた場合の権威云々以前に、ドイツのように理想的とされる政策が結局自国に極右を生み出すようなことも起こり得ます」


「そんなことになったら……政治家の命などいくつあっても足りなくなるなんてことも」加堂は冗談抜きで震えた。


「つまり別の面からも『無記名・分化』という結論を得たのです。それがこの無記名の石柱、分化を意味するいくつもの石柱の意味です!」


(なるほど)、と加堂は肯くしかない。


「そして『無記名・分化』の施設に説得力を与える理屈が『内心の自由』なのです!」

 山柿は絶口調である。

「内心の自由は当然に護られるべき自由です。例えば『A級戦犯も祀られているのだ』という思う自由も当然あります」


 実に皮肉なことであった。ASH新聞の天狗騨記者は『内心の自由』を根拠に国立追悼施設を潰そうとし、政府の人間は『内心の自由』を根拠に国立追悼施設を成り立たせようとしていた。そして天狗騨記者が執拗に口にしていた〝あいまいさ〟というのが正にこれであった。


これならどんな立場の人にも受け入れ可能だ。この曖昧さが無ければ国立追悼施設など実現さえできなかったな。感動した!」加堂首相は一基の石の直方体の前でかがみながら言った。顔は心の底からの笑みである。


 ここまで温和しく話を聞いていた古溝官房長官が突然口を開いた。

「外務大臣、総理の言葉を聞いて気づかなかったんですか? 『A級戦犯』『BC級戦犯』ではなく、『A級戦犯とされた人』『BC級戦犯とされた人』と表現された方が賢明ですよ。いつまでも十年前の感覚じゃいけませんよ」


 加堂首相が『危うい表現』と感じたのが正にこれだった。しかし古溝官房長官の言うことは山柿外相には嫌味にしか聞こえなかったろう——




 この古溝官房長官の嫌味めいた発言で加堂は回想から現実へと戻って来た。加堂を乗せた公用車は今現在歴史的儀式のために国立追悼施設へと向かっている。

(アイツの顔が最後に浮かぶとはどういうことだろう? もしかして縁起が悪いのか?)

 そう思っている間にもいよいよ加堂首相一世一代の大舞台の刻限が迫ってきていた。日中の要人によって組まれた大車列は国立追悼施設の長い鉄柵で囲まれた敷地沿いの道をひた走っているところ。いよいよである。

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