第百二十五話【国立追悼施設のギミック1】
天狗騨記者がASH新聞社員なのにも関わらず(?)日本国の今後を憂いていた頃、まったく別種の不安に苛まれている男がいた。
日本国内閣総理大臣・加堂その人であった。
今日遂に国賓要人を新営の国立追悼施設に招待する。しかも第一番目。その要人の名は中華人民共和国・国家主席集鑫兵である。
日本の戦没者追悼施設を中国の国家主席が訪問する、その歴史的偉業の刻が迫っていた。
加堂の不安とはこれが〝上手くいくだろうか〟というその一点のみ。その後のことなど『丁寧な説明をすれば理解して貰える』と、微塵も深刻に考えていなかった。
国立追悼施設!
ただ今加堂の乗る首相公用車はそこへ向け首都高速道路をひた走っている。集鑫兵の乗する専用車も含む大車列である。
(この『第一号』の称号にきっと集主席も満足するに違いない。かの国は何よりも面子を重んじる。日中関係の益々の発展に寄与するのは間違いない——)
(間違いない……)
(間違いない……)
(間違いないんだろうか……?)
加堂首相は突然喋り始めた。
「この車列が到着した時、今までの苦労がようやく実を結ぶ」
「完璧なのだ。あの施設は」
「そして私の名は歴史に刻まれるのだ」
立て続けに続くひとり言。
「どうかなさいましたか? 総理」同乗していた随員が怪訝そうな声で問うた。
「いや……」加堂は口を濁した。
(なぜ、こんな事を口走っている? なんなんだこの不安は……)
加堂首相は外相と官房長官を伴い、隠密離に国立追悼施設を訪れた〝あの日〟(第一話)を思い出そうとしていた。あの日、黒塗りのワンボックスカーはお台場へ渡り、そこからさらにトンネルを潜り新興のウォーターフロントへと渡り走った。
ウォーターフロント、俗な言葉で言えば埋め立て地である。この場所にはあの東日本大震災の瓦礫が埋まっているという。そういう意味で襟を正すには相応しいだろう。ただのゴミを埋めた埋め立て地の上に追悼施設を造るなどは相応しくない。
樹々と鉄柵で周囲を囲った敷地に沿い、流れるように走る黒塗りのワンボックスカーは、じきに左折しそしてゲートを抜けると間もなく〝予定地〟で停車した。加堂首相を先頭に、山柿外相、古溝官房長官が車外に飛び出る。
「ここが、国立追悼施設‼」
車から降りた加堂首相は声を上げてしまった。後で聞けば相当に大きな声だったらしい。
(広い)
樹々に囲まれた広大な敷地、その敷地が隅々まで玉砂利で覆われている。ここが国立追悼施設である。
(これだけ広ければ相当の人数が集まれる)加堂は思った。
(今はまだまだ低いこれらの木々も、時が経てば高く伸びる。さすればここは森閑としたスペースとなる)続けて加堂は思った。
国家レベルの行事を行うためには相当数の人数が集まれる〝スペース〟というものは必須である。そしてそこには追悼施設としての厳かさもまた必須なのである。
国立追悼施設については極めて異例なことだが厳重に箝口令が敷かれ、未だマスコミにはおぼろげな概要しか知らされていない。
あまり詳しく報せすぎると建設途上でマスコミからの茶々がつき、外国政府が便乗し介入を始め、それに対する反発も生まれ対立が激化した挙げ句、『結局〝建設中止〟となってしまうこと』、を怖れた政治サイドの都合だった。
とは言え政治家のトップである首相の加堂も、後から概要について聞かされていただけ。『作業チーム』からは良い報告しか来ない。マスコミ連中よりは少しだけ早く情報を得ている、程度の立場の違いしかなかった。
全ては『作業チーム』が計画から実行まで、重要情報の流出を抑えつつ且つ漏らしてもいい情報は流しつつ、コントロールを謀りながらある種極秘裏に進めていたのである。
驚くべき事にこうした〝秘密主義〟とでも言うべきやり方に報道企業各社はSNK新聞といった一部を除き実に鷹揚な態度に終始し続けた。
『下手に騒げば〝国立追悼施設〟そのものを潰しかねない』、という思想的配慮以外に動機は考えられなかった。
政治と報道の奇妙な連係プレーが成立していたのである。
しかし首相の加堂には最後まで丸投げをするつもりなど無かった。確かにやる気のある者に任せはしたが、通り一遍の説明をされてそれで済ますつもりなど無かった。『一度自分で現地に足を運び、自分の目で見なくてはならない』、と考えていた。
場合によっては〝修正〟を求めることすら彼の頭の中にはあった。
それがこの視察の意味だった。
国立追悼施設が完成を見たその時、山柿外相が「ぜひ現物を目にしながら説明をしたい」と申し入れて来た。
そう、『作業チーム』のリーダーは山柿外相その人なのである。
ここは国立追悼施設の敷地内である、が、この中に〝本殿〟とも言うべき施設がある。そこへと歩を進めていくと遠くに見えたそれが近づき、次第にその全貌を現し始めた。
異形の建造物であった。
盆を裏返したような真円の石畳があった。その石畳にはおよそ一メートルほどの高さがあり、そこに上がるための階段が二箇所に付けられ、それもやはり石で造られていた。高さがある分、石畳と言うより石台と表現した方が正確かもしれない。
その真円の石台の上に上ると、そこは想像以上に広く感じられる。限りなく立方体に近い直方体が十基、円周に沿って等間隔で立ち並べてあった。それもやはり石造りであった。〝墓石〟のように見えなくもない。
加堂首相、山柿外相、古溝官房長官の三人は石台の真円の真ん中付近に立っていた。夏至も近づく梅雨入り前の晴れた日、夏本番にはほど遠いと言えども気温は決して低くはない。戦没者追悼の季節が八月であることを考えれば遮るものもなにも無いこのような場所の長居に耐えられる人間はそうはいない。
「まして我々は六十代以上ではないか」
古溝官房長官がそのような懸念を口にすると、山柿外相は即座に、
「その時はあの玉砂利の空間に日除け用のテントを設営するつもりだ」と言い切った。
「それにしても……ストーンヘンジみたいだな」またしても古溝が口を開いた。
「今から総理に説明を行うんだ。それが終わるまであなたはしばらく黙っていてくれ」山柿外相は釘を刺した。
二人がそのような会話をしている間、加堂首相は一つ一つ限りなく立方体に近い石の直方体を手で触れ、裏を観察し、見て廻っていた。
一つ見終わると次へ、また次へ、といくつかの石の直方体を丹念に丹念に見て廻っていた。突然怪訝そうに、
「ちょっといいか?」と声を出した。
「どうかなさいましたか? 総理」山柿外相が応じた。
「どれにも文字ひとつ彫っていないが、この施設は完成しているのか?」
加堂首相の言った通りだった。この石の直方体はどれもこれもノッペラボーであったのだ。
「間違いなく完成しています。それがこの施設のキモです」山柿外相は両手を背中に回し胸を張っている。口元には笑みさえ浮かんでいる。
「では早速説明を——」
長き説明兼自慢話しが始まるかに思えたが加堂首相がそれを制し、
「私の質問に答える形で説明を頼む」と求めた。
山柿外相の顔には僅かに不満の色が現れたがすぐに気を取り直したらしく、「どうぞ」と応じてみせた。
「なぜこういうカタチになったのか?」加堂首相は率直すぎる質問から始めた。
「ハ…総理、作業チームが分析を行った結果、〝追悼対象をひとつにまとめるべきではない〟、との結論を得たからです」山柿外相は言った。
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