第百二十三話【天狗騨記者の米中対決シミュレーション2  天狗騨の矛盾?】

『アメリカは中国と実際ドンパチ戦争しなくても勝てますから』天狗騨記者は言い切った。


 中道キャップが〝心底呆れた〟という表情をして言った。

「だったらなぜイギリスやフランス、ドイツまで巻き込んでいる?」


「簡単な話しです。中華人民共和国は東南アジア諸国に対し軍事力を誇示し圧迫を加え続けている。それが南シナ海埋め立て問題でしょう。これをこのまま放っておくと東南アジア全域が中国につきかねない。それをさせないためにはアメリカ陣営の側も軍事力の誇示が必要だというわけです」天狗騨は言った。


「米軍が『航行の自由作戦』とかいうのをやっているだろう。あと日米豪印のクアッドとかいう演習も」


「それだけだと東南アジア諸国に対する影響は限定的です。有り体に言ってアメリカ軍やクアッドには権威が無い」


「権威だ?」


「イギリスというのは東南アジア地域の旧宗主国ですからね。アメリカはフィリピンだけでしょう。イギリスが新鋭空母をアジアに送り込むというその意味は、東南アジア諸国からみて『イギリス東洋艦隊の復活』のように映るのではないですか。中国につきかねない国々に対する政治的影響力は絶大だと考えられます。これが即ち〝権威〟です」


 ちなみに本物の『イギリス東洋艦隊(母港・シンガポール)』は対米戦争の開戦劈頭、日本軍の航空攻撃によってマレー半島沖にて壊滅している。


(この21世紀に植民地主義か)と中道キャップは内心に嫌悪感を抱きつつ、しかしそれをどう否定したものかと、そのセンでものを考えていたその時——


「なにが『イギリス東洋艦隊の復活』だ!」と脊髄反射的な鋭い声が飛んできた。

 そこには社会部デスクが怒りに満ち満ちた表情で立っていた。

「お前らなにをサボってる⁉」続けざまに鋭い声が飛び、天狗騨と中道の会話は中断を余儀なくされた。


「私を取材に行かせてさえくれればすぐにでもここから消えられるんですが」と天狗騨はこれに応じた。

 カケラほどの悪気も持たず言い返せるのが天狗騨という人間である。


「できるわけないだろ! 有給でも使って家で温和しくしてればいいんだ!」社会部デスクが怒鳴りつけた。


「ああ、聞いてませんか? 有給など使われると『目の届かないところでなにをするか分からん』ということで出社命令だけは出ているのが私です」


「部長がか?」


「そのさらに上がそのようにしたとも考えられますがね。で、デスクはもしかして何かを言わずには気が済まないという、そういう〝感情〟に突き動かされてここに来た、とかですか?」


「すみません、デスク。天狗騨には私からよおく言っておきますので」と中道キャップが二人の間に口を挟んできた。やはり上役の顔色を覗ってしまうサラリーマン根性は抜けない。

 しかし〝天狗騨に何かを言わずには気が済まない〟は、実は図星、正にその通りだった。


「引っ込んでろ中道、前からコイツには一度はガツンと言ってやらねばならないと思ってたんだ!」


 社会部デスクは天狗騨記者に挑戦し始めた。動機はむろん思想的言動的積年の恨み。〝今回こそ天狗騨をとっちめられる!〟と、そう言い切れるだけの閃きが降りてきたのだ。今まで散々天狗騨に煮え湯を飲まされてきて勝算もなくこんなことはしない。


「天狗騨、前にお前は『アメリカは日本や韓国と連携しなくても北朝鮮に勝てる』と言ったな!」社会部デスクは厳しい口調で問い質した。


「言いましたね」(第三十四話参照)それを天狗騨はあっさりと認めた。


「左沢さんはあの時『朝鮮戦争では勝てなかったじゃないか』と突っ込んだ。その時お前は『中国人が頑張りましたから』と答えた! つまりアメリカは中国のせいで朝鮮戦争に勝てなかったとお前は言ったんだ! それを今さら『アメリカは中国に勝てる』などと、どの口が言う⁉」


 天狗騨は過去言ったことを思い出そうと記憶の糸をたぐり寄せる。


「ああ、思い出しました。確か、『ロシアや中国が欧米と貿易をしていない共産主義全盛の時代ならともかく、北朝鮮のために自国民を貧しくしてまで自国民の血を捧げるか?』というようなことを言いましたね。つまり矛盾はどこにも無いと」


「勝手に自分で納得すな! お前は既に追い詰められている!」社会部デスクは指まで指して断定した。


「まだ解りませんか? 朝鮮戦争の頃の中国は〝外貨〟を必要としていなかったんですよ。そんな毛沢東時代の中国が今の中国と同じでしょうか? 『外貨』、これが戦争をしなくてもアメリカが中国に勝てるその理由です」


「なにが〝外貨〟だ。今や中国は世界第二位の経済大国だ!」


「お金とは『欲しい物を手に入れるための道具』です」天狗騨が唐突に不思議なことを語り出した。


「なにをトンチンカンなことを。そんなモン当たり前の事だろう!」


「中華人民共和国の通貨〝人民元〟で、世界中から値段のついているあらゆる欲しい物を手に入れられますか? と訊いているんです」


「手に入れられるに決まっている! 中国はそれだけ力をつけた! 豊かになったんだ!」


「私は『欲しい物を手に入れられるか?』を訊いたんじゃなく、『欲しい物を手に入れられるか?』と訊いているのですが」


 『お前の言うことには矛盾がある!』と言われても平然状態の天狗騨であった。

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