第百二十二話【天狗騨記者の米中対決シミュレーション1  アメリカは中国と実際ドンパチ戦争しなくても勝てますから】

 天狗騨記者はくしゃっと潰した今日付のASH新聞を新聞受けという定位置に戻すと夢遊病者のように自分の席にまでたどり着いた。くたっと椅子に座り込むと隣の席の中道キャップに語りかけた。


「今日の社説についてなんですけど。キャップはどう感じました?」天狗騨は訊いた。集鑫兵が日本にいる間は取材もできなくされてしまったので彼はもはや終日ヒマなのである。


「俺に答えさせてそれに反論する形でお前が持論を述べようという魂胆だろう。天狗騨、あまり社の方針に逆らうな。『虎の尾を踏む』ことになるぞ」中道キャップは言い渡す。どこか尊大な感が否めない。


「さて、アメリカ人の前でも虎でいられますかね。借りてきたネコになるのでは」


「そんなものは政治家の仕事だ」


「さてさて、こちら側(日本側)の政治家が『人権』という絶対凶器を振り回すアメリカ人に対抗できるかどうか。いや、政治家に限りませんね、日本マスコミも同じです。その度胸も能力も戦術も戦略も無いのに」


「お前はいつからアメリカ人の味方になった?」


「なっちゃいませんが日本政府の外交方針やこの社説のおかげで絶好の攻撃ポジションをアメリカ人に取られてしまいました。このままでは正義ポジションから放たれる激しい攻撃にまったく抵抗できないまま悪者にされた上で殺られます」


 中道キャップには自身がアメリカ人に抗論できなかったという自覚があった。確かにウイグル人がジェノサイドされていてもほとんどそれが一顧だにされない『人権感覚がほぼほぼゼロ』な社説であるということは否めない。まして中国は新疆ウイグル自治区の自由な取材を認めていないので『でっち上げだ!』と言って反論しようと説得力に乏しい。こんな状態で『経済』を持ち出しても説得力どころか持ち出した側が却って悪党になる。

 『日本人はウイグル人の命よりも自分達の金儲けの方が大事なのだ』などとアメリカ人が牙を剥けば日本人は必敗ロードまっしぐらである。


 そこで中道キャップは論点をひとつに絞った。自身のスマホに本日のASH新聞社説を表示させ、天狗騨に向けその一部分の朗読を始めた。

「『国内の対中感情の悪化は事実でも「中国と戦争をしたい」と考える国民がどれほどいるだろうか。過去の戦争の悲惨な体験を今こそ思い出さねばならない。やはり力による対決ではなく協調による共存を目指すべきだ。そのためには外交や経済を含めた総合的な戦略と重層的なアプローチが必須である』ということだ」


「この社説の中の〝唯一の大義〟ですね」と天狗騨が反応した。


「〝らしき〟じゃない。〝大義〟だ! 確かにウイグル人の身に降りかかる運命については冷淡にはなりたくない。だが戦争となれば国民の命がかかってくる。こう言ってはなんだがな、」と言って中道キャップは声をひそめた。

「——外国人のために自国民の命を差し出そうなんて政治家はその国の国民にとっては迷惑なだけの存在だろう」


 天狗騨はそれを聞いてニタリと笑った。


「さすがはキャップです」


「アホか。そう思っていても人前で公言できる話しじゃない。だから声をひそめてるんだ」


「しかし声高に言わないと〝大義〟にはなり得ません」


「言えるかバカ者」


「では言っていないのと同じです。しかも蛮勇を振り絞り言ったら言ったで途方もないブーメランで戻ってきますからね」


「ブーメラン?」

 ちなみに中道キャップは〝ブーメラン〟が嫌いだった。それは今やすっかり韓国や日本の野党を揶揄するワードとなっていたからである。


「例えばアメリカ人。日本人のために自国民の命を差し出そうなんて政治家は国民にとっては迷惑なだけの存在だと、そう言い出しますよ」


「ヌッ!」


「アメリカ人から見たら『ウイグル人』も『日本人』も同じ外国人ですよ。『ウイグル人の運命などどうなっても構わない。カネが何より大事』などと言っている外国人が自分達だけは『護ってくれ』とアメリカに要求する。さて、こういう煽りをアメリカマスコミにやられたらどうなります? こんな日本人をアメリカ人が護る義務があるのか? とやられたら、日米安保条約など1日にして空文化します」


「しっ、しかし戦争だぞ。どれだけの戦死者が出ると思っているんだ⁉」


「それは中華人民共和国が日本に向けた核兵器を実際に使うという意味になっていますが」


 声が出てこない中道キャップ。


「こういうのがブーメランなんですよ」天狗騨が冷徹に言い渡した。


 嫌いなことば〝ブーメラン〟を使われカチンと来る中道キャップ。しかしカチンと来ただけ。


「こうなったらキャップ、


(冗談じゃない!)そのトンデモ提案に即座に中道は結論へと到達した。


「しかしアメリカは台湾に最新の武器を売っている! その上台湾海峡や南シナ海で米海軍軍艦を運用している。自衛隊だってなにも協力していないわけじゃない。かろうじてオーストラリアまでは関係国に含まれると考えてもいいだろう。だがアメリカは本来この地域には無関係な同盟国イギリスを誘い、英空母の東アジア派遣まで実現させている。しかもイギリスだけじゃない! フランスもドイツもだ! ヨーロッパの主要国まで巻き込んで世界大戦の準備を進めているのはアメリカじゃないか! 日本のためには撃たなくてもアメリカのためには撃つのがアメリカ合衆国という国だろう!」


「要するにそれはアメリカ合衆国が中華人民共和国とと、そう考えるわけですか?」


「そうだ、戦争だけは避けたいと思う人間はそれほど不自然か?」


「アメリカは中国と実際ドンパチ戦争しなくても勝てますから。勝てるのにわざわざドンパチする必要がありますかね?」天狗騨は大胆にもそう言ってのけたのだった。

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