第百十八話【フェラーリやランボルギーニの売れル共産主義ハ存在しナイ】

 『中国は共産主義の国だ。ナチスとは明らかに違う!』中道キャップのリベラルアメリカ人支局長に対する言論突撃が始まった。

 だがリベラルアメリカ人支局長は蔑むような視線を中道キャップに突き刺すと、

「なぜ中華人民共和国ガ共産主義の国ダト思っタ?」と、まるで子どものような質問を浴びせた。


(いかん!)天狗騨記者はとっさに感じたが、カッとなった人間の行動を止められる筈もない。


「中国は中国共産党が政治を行っているからだ!」中道キャップは言い切った。


 ハハハハハハハハハハハハッ! と途端に嗤いだすリベラルアメリカ人支局長。

 その反応があまりに予想外だったのか中道キャップは固まった。ひとしきり嗤い終えるとリベラルアメリカ人支局長は中道キャップを睨みつけ、

「お前の共産主義の定義ハ『共産党を自称する者ガ政治を行っテイル状態』であるラシイ」と圧迫面接のように言いつけた。


 これに咄嗟の反論ができない中道キャップ。それを見てリベラルアメリカ人支局長は続けて言った。

「フェラーリやランボルギーニの売れル共産主義ハ存在しナイ」


(巧い!)

 敵(?)ながらこの切り返し方に舌を巻く天狗騨記者。


(フェラーリやランボルギーニといった高級スポーツカーはおよそ実用とはかけ離れた、社会の役に立たない代名詞のような車だ。それは専ら富裕層の玩具であり資本主義社会だからこそ存在を許されているような物体だ)

 天狗騨は翻って〝自分ならどう切り返すか?〟を咄嗟にシミュレートしていた。


(俺なら……アメリカ人が相手だからついついアメリカの経済誌を引き合いに出していたところだ……)

 それはこういうものである。アメリカの経済誌が発表した2021年版の世界の長者番付によると、10億ドル(約1100億円)以上の資産を持つ富豪の数を国別で比較すると、一位がアメリカで724人。二位はなんと中国で698人もいる。

 ちなみに、日本は49人で十一位。

 もひとつちなみに、全ての富豪の合計数であるが70カ国を合わせて2755人である。即ち米中2カ国で全体の約半数を占めるのだ。

(——そういうやり方だと必然話しが長くなる……)


 案の定中道キャップのさっきまでの勢いはどこへやら。もう沈黙してしまっていた。


「日本でハ共産主義がなんダカ解らナイのニ左翼ガできるラシイ」リベラルアメリカ人支局長が中道キャップをいびり始めた。


(ちっ、しょうがないな)と天狗騨は思い、口を開いた。

「アメリカ人は『キューバ』という本物を間近に見ていますからね。まがい物の共産主義を見抜く能力は身についているということでしょう」


 ところがこれが悪い方へ出た。天狗騨の援軍(?)を得たと思った中道キャップが再びリベラルアメリカ人支局長へと挑戦し始めたのである。


「中国に貧富の格差があるから共産主義じゃないというのはまだ理屈としては解る。しかしだからといって『中国はナチス』というのはネトウヨと同じだ!」中道キャップは言い放った!


(あちゃー、『ねとうよ』なんていうネットスラングをアメリカ人相手に使ってしまって)と内心で頭を抱える天狗騨記者。


「『ネトウヨ』とイウのハ、インターネットで活動する日本の右翼カ?」


「そうだっ! インターネットでヘイトスピーチを繰り返している!」


 『中国はナチス』をヘイトスピーチだということにすれば議論に勝てると信じ込んでいた中道キャップだった。

 しかしアメリカ人には『ネトウヨと同じ!』というレッテル貼りはまったく効かなかった。


「『ネトウヨ』モたまニハ正しい事ヲ言うトイウ事ダ」

 そのあまりに堂々とした肯定っぷりに再びことばを失う中道キャップ————


 リベラルアメリカ人支局長は今度は天狗騨の方を見やった。

「テングダ、よもやコノ男ト同じ考えでハあるマイナ?」


(冗談じゃない。道連れになどされてたまるか!)


「民族主義を語る共産主義は存在しない」さっきのリベラルアメリカ人支局長の言い様に習い、極めて短い表現をした天狗騨だった。


 それを少し長く説明するとこうなる。

 中華人民共和国の国家スローガンに『中華民族の偉大な復興』というものがある。しかし本来の共産主義の思想からすると、これはあり得ないスローガンなのである。

 共産主義は社会を『搾取する者』と『搾取される者』の二項対立で説明しており、最終的に『搾取される者』が『搾取する者』を打倒して勝利するというストーリー仕立てである。そこに〝民族〟という価値観が入り込む余地は無い。

 何処の国も金持ちがいて貧しい人々がいる。よってこの思想は何処の国でも当てはまり、何処の国へでも輸出できる思想となっていた。

 ロシア革命の後、ここ日本で『治安維持法』が造られたのも、この思想に則った革命が輸入されることを怖れたが故であった。


 ハハハハハハハハハハハハッ! と再び笑い出すリベラルアメリカ人支局長。しかし〝笑い〟のニュアンスは明らかに先ほどとは違っていた。


「さすがダナ、テングダ。お前だけハ本物ダ。だがこの男のおかげデ訊く事ガ増えタ」見下したような目を中道キャップに向けながらリベラルアメリカ人支局長は言った。


「それは?」


「中国はナチス、カ?」リベラルアメリカ人支局長が訊いた。

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