第百十七話【天狗騨記者の内心と中道キャップの内心】

 『日本ハまたモ民主主義を裏切りナチスの側に付くトハナ』このリベラルアメリカ人支局長の言い様に中道キャップはカッとなり声を荒げたが、天狗騨記者は逆にこの瞬間この論戦必敗を悟った。


 天狗騨はついさっき言った。

 『中国国家主席を歓迎しない日本人も日本警察に排除された可能性がありますが』と。


 そしてリベラルアメリカ人支局長もついさっき言った。

 『仮にダ、沿道に集まったのが中国人ばかりダカラ騒動が起きなかったとシヨウ。もしソウなら現場の入場の際ニ身分証明書等で確認ガ行われテイル筈ダ。。どうシテモ日本人の側ニ協力者がいなけレバ〝コノ整然〟は説明ガつかナイ理屈ダ。だが、ソノ警察はダンマリではナイカ』と。


 両者言ってる中身は同じである。

 『日本の警察のしわざ』というわけだった。


 しかしリベラルアメリカ人支局長はこの上に〝もう一段〟積み上げた。そのことに天狗騨は気づいた。

 『日本ハまたモ民主主義を裏切りナチスの側に付くトハナ』こそがそれであった。


 天狗騨は思考する。

(〝日本がナチスの側に付く〟という表現は、かの『日独伊三国同盟』が前提にある。ならばここで言う〝日本〟とは、『日本国民』ではなく『日本政府』という意味だ。『警察はダンマリではナイカ』というのは〝警察組織に命令を出した者がいる〟という暗喩であり、そして警察に言うことをきかせられるのは『日本政府』以外にあり得ない……)


(このアメリカ人は意味として『日本政府はアメリカ合衆国を裏切り中国へ付くとはな』と、言っている。だが表現としては『日本ハまたモ民主主義を裏切りナチスの側に付くトハナ』としていて、相変わらずアメリカ人は巧みに正義のポジションをとるのが上手い)


 日本人が自発的に中国国家主席を熱狂的に歓迎したなどというのはあり得ないと天狗騨は考えている。だからこれは否定しなくてはならない。否定しないと日本が官民一塊になって中国国家主席を歓迎したことにされる。

 だが、警察の排除行為を理由に『日本国民』の方はどうにかネガティブキャンペーンから護るための反論ができても『日本政府』の方はどうにもならなかった。抗議デモをやりかねない人間を予め排除しておくという行為は天狗騨でも庇いきれない。


(ましてそうした証言はもうこのアメリカ人支局長が在日ウイグル人やチベット人から集めてしまっている——)

 これでは警察は『排除などしていない!』という記者会見すら開けない、と天狗騨は絶望した。これでは一方的に攻撃を受け続けるサンドバッグ状態に陥る、と。



 天狗騨の内心はこんな感じでダウナーだったが、しかし中道キャップの内心はそうではなかった。彼はリベラルアメリカ人支局長によって『中国=ナチス』とされたことにより、ついカッとなったのである。


 『シナチス』という造語がある。流行語というほどには流行ってはいないが、ネットの右派・右翼の間ではすっかり定着している造語である。

 『シナ(支那)』と『ナチス』を〝ナの字〟で連結しており、意味は文字通り『中国はナチス』となる。

 中道キャップの頭の中に瞬間的に『シナチス』という忌むべき造語が思い浮かんだ。


 ASH新聞はいわゆるネトウヨを殺したいほどに憎悪している。当然中の人の感覚もほとんどがそんな調子である。そのネトウヨの論理を使う者はたとえアメリカ人であろうと瞬間的に沸騰する。中道キャップもそうした大半の中の一人だった。

 どうすればこのアメリカ人をやり込めることができるかという方法論についても彼は構築することができた。


 中道は浮かんだ己の考えを整理する。

(要は『中国=ナチス』を否定する事。そうすれば『民主主義の側に付くか、ナチスの側に付くか』などという二元論は粉砕することができる。そうして日本が太平洋地域・アジア地域の平和と安定のために中国との関係を改善するのでありアメリカに付くか中国に付くかという単純な問題ではない、と畳みかければいい)


 中道キャップは目の前に立つリベラルアメリカ人支局長を睨みつけた。もはやネトウヨに対する攻撃姿勢と寸分の違いも無い。そして彼はこのアメリカ人が散々天狗騨にやり込められる様子をすぐ真横で見てきた。それが彼の背中を強く強く押してしまったのかもしれない。


」勢いよくそうことばを解き放ってしまった。

(ナチスドイツは共産主義〔ソ連〕と戦争をしたんだ! 共産主義とナチスが同じであるわけない! 違うものを同じだと決めつけることは許されない!)

 なぜか燃える中道キャップの内心。中国のためリベラルアメリカ人支局長に戦いを挑み始めた。

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