第百十五話【天狗騨記者、再びリベラルアメリカ人支局長と遭遇す】
ASH新聞東京本社1Fエレベーターフロア。
乗ってきた社用車を地下駐車場へと突っ込み、取り敢えず地上階に出た天狗騨記者と中道キャップ。並んで乗り換えの昇りエレベーターを待っている。そこに後ろから声がかかった。
「テングダ、取材帰りカ?」
(その声は!)と天狗騨が振り向くと、そこにはニューヨークのリベラル系新聞の東京支局長・リベラルアメリカ人支局長がいた。そしてその脇に一人の白人の若い記者。
再びリベラルアメリカ人支局長が口を開く。
「今日とイウ日は特殊な日ダ。お互イ新聞記者とシテはオフィスに籠もってナドいられナイナ」
ここで白人の若い記者がリベラルアメリカ人支局長に確認するように尋ねた。むろん英語で。
だがなぜかリベラルアメリカ人支局長はその問いに日本語で答えた。
「ソウダ。コノ男が社会部のテングダだ。第一級ノ危険人物ダ」
他人にされる評価としては『安全牌』よりは『危険人物』の方が良いと考えるのが天狗騨記者という人間である。そして、そこにある〝悪意〟には当然感づくのもまた天狗騨である。
白人の若い記者は警戒感を露わにした表情で天狗騨をじつと見ている。しかし見ているだけで何一つことばを発さない。
(良く言えば〝勇名〟、悪く言えば〝悪名〟がよほど広まってしまったらしい)そう天狗騨は思った。いずれにせよどの程度の範囲か、有名になってしまったことは間違いないようだった。
「アメリカ人同士でわざわざ日本語を使う必要がありますかね?」天狗騨がリベラルアメリカ人支局長にチクリとやり返した。
「私はフランスのサッカー代表とハ違ウ。コソコソと〝日本語でナイ言語〟デ解らナイようニ話す卑劣さハ持ち合わせてイナイ」
それは暗に『英会話は苦手だろう?』と言っているも同じだった。
(チッ、つまらん挑発だ。『彼が天狗騨か?』くらいは解るんだよ。要はなんだ、この間の遺恨だな)しかし天狗騨はこれをことばとして解き放つことはせず、
「今日は中国国家主席の国賓訪日ですよ。〝東京発〟の記事を書くのに忙しくなるんじゃないですか?」と再び嫌味でやり返した。
「テングダ、ここで会ッタのもナニカの縁ダ。ひとつ訊イテおきタイ。ソノ国賓訪日にツイテどう考えテイル?」
「私はヒラの記者です。そういうのは政治家や経済界のお偉いさんに訊くか、もしウチの社の方針が知りたいのなら論説主幹にでも訊くべき質問でしょう」
「単純ニ、〝特殊な日本人がどう考えるか?〟に興味がアル。お前の話しヲ延々聞いてヤッタのダカラその程度ノ〝お返し〟をしてクレルのが日本人的美徳とイウものダロウ?」
(なにが『特殊な日本人』だ。それにあんたが延々攻勢を掛けてくるからこっちはそれに答え続けただけなんだぞ)天狗騨は内心で反駁した。
ここでリベラルアメリカ人支局長が突然不可思議なことを言い出した。
「我々アメリカの新聞ハ日本とハ違イ、テレビ局と系列ナド組んではイナイ」
「変なことを言いますね」
「ASH新聞ならテレビASHと系列ダロウ。つまり日本ハ新聞とテレビの論調ニ違いガ無いトいう訳ダ」
「それと国賓訪日と何の繋がりがあるんです?」
「私ハ個人的にテレビメディアとは一線を画しタイと考えテイル」
(なんだ? 『テレビの奴らとは一緒にされたくない』と言いたいのか?)
新聞記者として天狗騨にもなんとなくそんな気分がある。いや、そんな気分の存在を否定できない。
天狗騨はこう考えていた。
『テレビメディアは煽動する』と。
かつて郵便事業を民営化するか否か、というたったのワンイシューを争点に衆議院選挙が行われたことがあった。
(メディアの果たすべきは、民営化するのが正しいのか正しくないのか、双方の主張を戦わせるよう土壌を造り、有権者に判断材料を提供するのがそのあるべき姿である。ところがあろうことかテレビメディアの〝報道〟は与党を大勝に導き野党を無残な敗北に追い込んだ)と天狗騨は今でも苦々しく思っていた。
また対新型コロナウイルス用の、〝人工遺伝物質を用いた新ワクチン〟についても、
(テレビメディアはワクチンの有益性ばかりを説き、危険性を顧みない偏った報道をしている)と天狗騨は考えていた。
(かつてあれだけ〝遺伝子組み換え食品〟に強硬に異議を唱えていたのに、『食品』が『ワクチン』になった途端に主張がころりと反転するのは異常だ。人の手の入った遺伝物質を人体の中に入れるという一点においてこの両者に寸分の違いも無い筈だが)とも。
「アメリカのテレビ局がこの国賓訪日をどう伝えたんです?」天狗騨は訊いた。本日皇居に出ずっぱりの天狗騨記者は海外メディアの報道スタンスについては未チェックであった。
「さすがダナ、テングダ。私が言ワンとしテイルのは正にソコダ」
「つまりろくでもない報道をしていると」
これは天狗騨の先入観である。
「イヤ、そこは実に微妙ダナ」リベラルアメリカ人支局長がニヤリと笑みを浮かべながら言った。
その意図が読めない天狗騨記者。
「言ってる意味が解りませんが」
「集鑫兵の映像ト、沿道ニ集まっタ群衆の映像ノ、画面に映る時間ガ等しいノダ」
(なに⁉)
「やっぱり予想通りじゃないか! タチの悪い編集だっ!」天狗騨が思わず声高く怒鳴った。
「シカシそんなモノは霞ム。むしろ判断ヲ視聴者に委ネル分、良心的ダトいうコトにナル」
「結局アメリカ人はアメリカのテレビ局を非難しないということじゃあないですか!」
天狗騨の頭の中には過去のアメリカメディアの行状があった。
日本と日本人に対しては『東京オリンピックを中止しろ!』と言いながらオリンピック中継を一手に引き受けるアメリカの大手テレビ局に対する非難を控えたのである。
しかしそんな天狗騨の内心などお構いなしに、
「無理も無イ。取材カラ帰って来タばかりデハナ」と余裕を見せるリベラルアメリカ人支局長。
「何が起こっているという⁉」
「中国のメディアがナント言ったカ! 『東京で中日両市民に熱狂的に歓迎される集鑫兵国家主席』と言ッテ、大々的に報じテイル。何しろ当の集鑫兵が『市民』とイウ語彙を敢エテ選択して使っテイル。各国のメディアもこれを引用する形デ報道しテイル!」
「『市民』?」
「そうダッ、『市民』ダ」
(やられたっ!)
天狗騨は己のやらかした失敗でないにも関わらずそう思ってしまった。
(『国民』と報じるより『市民』と報じた方が日本人が自発的に集鑫兵を歓迎したような印象になる。まして集鑫兵自らが『市民』という語彙を選択して使ったとなると……)
(これは中華人民共和国による欧米メディアを使った米欧と日本とを分断するイメージ操作だ!)
(イメージ操作、昔から中国人はこれに長け、逆に日本人は昔から徹底的に無能レベルにまで低い——)
「さすがダナ、テングダ。状況が理解できてイルと見エテ顔色が蒼い」リベラルアメリカ人支局長が笑みを浮かべながら言った。
しかしそこは天狗騨、瞬時に切り返した。
「アメリカ人は日本国民が集鑫兵を本当に歓迎していると信じ込むということですか?」
彼が言わんとしていることは『アメリカ人は簡単に中国の工作に引っかかるのか?』である。
だがリベラルアメリカ人支局長はそんな言い分を全く意に介さなかった。
「映像ノ訴求力とはそうイウものダ。映像に映る群衆ハ集鑫兵の車に向かっテ日本の国旗と中国の国旗を振っテイル。そしてアメリカ人から見レバ、日本人と中国人の区別ナドつかナイ。イメージは映像によって擦り込まレテいくノダ」
現に新型コロナウイルスの流行の結果、アメリカやヨーロッパではアジア人に対するヘイトクライムが多発し日本人も犠牲になっていた。またIOC会長が東京オリンピック開幕直前に来日した際、日本人に向かって『中国の人々』と思わず口走ってしまった事実もある。
欧米人から見れば日本人と中国人の区別などつかなかったのである。
(ことばを喋らなければ日本人にもそこにいるのが中国人が日本人か解らない……)
「映像には説明は付けていないのか?」天狗騨は訊いた。
「見ないナ。ありのママニ映像ヲ流しテイルだけダ」
「厳密には虚偽報道とは言えないがそれは人々の感情を一定方向に誘導するものだ‼」
「もしかしなくテモそうダロウ」
「新聞メディアとしては何もする気が無さそうに見えますが」
「何かヲ報道スルには材料がイル、ダガあるノハ日本人に不利な材料ばかりダ」リベラルアメリカ人支局長はわざとらしくお手上げのポーズをとった。
「不利?」
「テングダ、私ガ今日どこヘ取材ニ行ったト思ウ? 在日ウイグル人や在日チベット人や在日内モンゴル人の所へダ! どの団体モ、異口同音に『日本の警察に排除された』と言っテイル!」
(なんてこった!)
しかし天狗騨はそれでも己の本領を取り戻そうとした。過去情報の高速検索である。
「中国国家主席を歓迎しない日本人も日本警察に排除された可能性がありますが」
「ほウ、根拠ハ?」余裕たっぷりにリベラルアメリカ人支局長が訊いた。
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