第百十一話【加害者と被害者】

『加害者と被害者を明確に区分しているのが国立追悼施設です』


 中華人民共和国国家主席・集鑫兵は日本政府、即ち加堂内閣から内々にそう説明を受けていた。


 着陸した中国政府専用機にタラップが着けられ分厚いドアが外側へと開く。タラップの上部の踊り場に立った国家主席・集鑫兵は空港に出迎えに集まった関係者一同に型どおり手を振って見せた。


 階段を一段ずつ踏みしめるように降り、いよいよ日本の地に降り立つ。そこへいち早く駐日大使が近づき何事かを耳うつ。その中身は日本国国立追悼施設訪問についての伝達事項である。この確認報告は集鑫兵直々の指示でもあった。それくらい彼は神経質になっていた。

 説明を改めて受けても尚しかし何か嫌な予感がしたものか、集鑫兵は駐日大使に再度尋ねた。


「本当に被害者と加害者を分けているのか?」と。


「施設の形状からして日本側の言うことに間違いは無い、と考えてもよいと思います」駐日大使は〝同じ答え〟を答えた。



 『加害者と被害者を明確に分けている』これこそが集鑫兵にとっての大事であった。

 そのように報され決断したのである。


(日本の国立追悼施設に行こうとも『日本軍に殺された中国人だけを追悼した』と発表すればいい)と、そう判断をした。

 また、

(国立追悼施設へとこの私が足を運ぶことによって、靖國神社に日本の政治家がいよいよ行きにくくなるだろう。そうした効果も期待できる)との計算も働かせた。故に重い腰を上げた。



 日本の国立追悼施設。円盤状の石畳の円周に沿うように石柱が並び、その周囲は玉砂利を敷き詰めた広大な空間。その奇妙な追悼施設の様態については先日全国会議員参加の追悼式典が開かれたばかりとあって、写真や映像などを通じ中国にも伝わっていた。


(なるほど、石柱がいくつも並んでいるのだから『明確に区別している』のは間違いない。しかし〝この答え〟は以前にも聞いた答えと同じである)


 有り体に言って集鑫兵には駐日大使がただ〝日本側の説明〟を繰り返しているような気がして仕方がなかった。


(〝側〟の言っている事なのである。日本側から出てくる情報、即ち報道であるが、国立追悼施設の礼賛、賞賛の声しか聞こえてこない。いい話しか聞こえてこないというのはある意味何の情報も無いのと同じではないのか?)集鑫兵はそんな猜疑に取り憑かれていた。


(とは言え、日中関係の話しとなるとほとんどの日本の報道機関は経済を持ち出した上で我が国の代弁者となるのが最近の常である。今や極一部になってしまった観があるが、歴史問題でも中国側に立ち日本を攻撃するASH新聞のようなメディアもある。そういう連中が問題をがなり立てないところをみると、この施設には何の問題も無いという事になる)


(——しかし、この考えは正しいのだろうか?)国家主席・集鑫兵は思う。

 その猜疑は纏わり付いたまま離れないが、

(中華人民共和国が置かれた厳しい国際情勢を鑑みれば、ここでの行動によって欧米と日本との間に亀裂を入れておくのは実利的外交である)そう己に理路整然と言い聞かせ、淡々と滞日スケジュールをこなしていく。そしていよいよ歴史的その刻は近づいてきた————

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