第百六話【捨て台詞パート2 「アメリカメディアが一つにまとまり攻撃スレバお前の言い草ナドたちまちのウチニ吹き飛ブ!」byリベラルアメリカ人支局長】
『もはや〝弾切れ〟でしょう?』と天狗騨記者に堂々と挑戦状を突きつけられたリベラルアメリカ人支局長。しかし実際その通りだった。
天狗騨は語り出す。
「あなたは今、『こんな筈じゃなかった』と、そう思っていることでしょう。問題はなぜこうなったのか、それを理解できているかどうかです」
「私は日本ノ過去ノ歴史問題を追及しテイルのに、お前ガことゴトク『アメリカ』を持ち出すカラダ!」リベラルアメリカ人支局長は怒鳴った。
「なにか持ち出されるとまずいですか?」天狗騨が訊いた。
あまりに露骨な反問にただ立ち尽くすだけのリベラルアメリカ人支局長。
本当ならここは『アメリカ人が歴史問題で日本人を糾弾したら日本人は温和しく反省すべきなのだ!』と叫びたいところだが、相手は天狗騨である。
再び天狗騨が語り出す。
「慰安婦、A級戦犯、大量虐殺、侵略と植民地支配、日本人に罪の意識を擦り込むために使った理屈がどれもこれもアメリカ攻撃に応用が利いてしまうからです」
(くそおっ!)
もはやなにもことばが出てこないリベラルアメリカ人支局長であった。
日本軍慰安婦を持ち出せば米軍慰安婦が戻って来る。
A級戦犯を祀る靖國神社を持ち出せば、人道に対する罪を犯した連合国の戦争指導者がA級戦犯になっていないのはなぜか? と詰問される。『人道に対する罪』は連合国側が編み出した新発明だがこれをそっくりそのまま天狗騨に奪われアメリカ攻撃手段として使われたのである。
大量虐殺を持ち出せば、アメリカ人の書いたトンデモ本が『南京大虐殺』の原点であると言われ、その上米西戦争から派生した米比戦争の歴史をほじくり返され、アメリカ軍によるフィリピン人大量虐殺について詰問される。当然侵略と植民地支配もフィリピンが使われる。
731部隊も、パールハーバーも、風船爆弾すらもアメリカの味方をしなかった。ことごとくアメリカが巻き添えにされた。
これでは『どうやったらアメリカをやっつけることができるか』という〝武器〟をわざわざ敵に教えてやっていたようなものである。
日本の戦争の罪を問うために使ったありとあらゆる理屈は同時にアメリカ合衆国を切り裂く理屈となっていた。今まではそれを解っていても使わなかったのが日本人。そこに油断があった。リベラルアメリカ人支局長は全くの無防備でこの場に飛び込んできたと言えた。
対決相手である天狗騨記者は日本人と言えども忖度能力不能の頭のネジが飛んだような人間なのである。使えるものは何でも使えるという、そういう思考で行動できてしまうのだった。
なにも反論が戻ってこないことを確認してから、と思ったか、しばし沈黙していた天狗騨がようやく口を開いた。
「今までアメリカ人は日本人が温和しいことをいいことに歴史で日本人を殴り続けてきました。しかし本来〝歴史〟というものはそういう使い方をするもんじゃないんですよ。あなたに限らずアメリカ人にはそこのところがまったく解っていない」
当初、誤った歴史認識を持つ日本人を教育するために意気揚々とこの場にやって来たリベラルアメリカ人支局長だったが、今逆に日本人である天狗騨から教育されるという屈辱的な立場に立たされていた。
こうした場合安全保障を人質に取り『日米同盟がどうなってもいいのか⁉』と脅せばアメリカ人は無双ができた。
しかし『竹島が大韓民国に占領された1953年4月には既に日米安全保障条約があったが、遂にこの条約は発動されなかった』という条約破りの歴史的事実を指弾された今となってはもはや切り札すらも存在しなくなっていた。
そこにさらに天狗騨が追い打ちをかけた。
「あなたはアメリカのリベラル系の新聞社、それもクオリティ・ペーパーと言われる新聞社の要職にある。これからは日本に過去の歴史の反省を求めるだけではなく、それと同時代のアメリカの過去の歴史についてもアメリカ人に反省を促すような紙面作りを期待します」
(野郎っ!)
アメリカは過去の歴史の反省を、一応はしている。だがそれはあくまでアメリカ合衆国に致命傷を与えない程度に、である。
既にこれは天狗騨が指摘していた事だが、アメリカ大陸を発見したイタリア人・コロンブスは悪党にしても、実際にインディアンを迫害したイギリス移民は悪党にしていない。
また、日系アメリカ人を強制収容所に収容したことは反省しても、真珠湾以前の1920年代には日本人差別法を連邦法にしてしまったことは反省しない。このようにアメリカ社会の指導層は実に注意深い。
もはやインディアンの土地を奪って迫害し殺しアメリカ合衆国を建国したことについては正当化は難しい時代となっている。そんな中日本と戦争をしていた時代のアメリカの歴史を反省してしまったらもはや、アメリカ合衆国としての正義の最後の寄る辺が無くなってしまう。
『自由と民主主義を血を流して護った正義のアメリカ!』
こうした歴史観が今正に天狗騨というたった一人の日本人新聞記者によって衆人環視の中、徹底的に壊されようとしている。しかもアメリカメディア自身の手で破壊することを求められているのだった。
だからリベラルアメリカ人支局長は遂に黙ってはおれなくなった。
「ここはビジターだ! アウェーだ! 周りは日本人ダラケでアメリカ人は俺一人ダ!」
「それはどういう意味です?」
「テングダ、お前にはホームアドバンテージがアッタ! こんな不利な状況デノ討論はフェアではナイ!」
確かにここはASH新聞社会部フロアであった。
天狗騨は改めてぐるりと周りを見渡した。そして言った。
「ここのどこがアウェーですか。ここにいるのは私の味方ではなく、ただの傍観者達ですよ」
確かにその通りだった。ASH新聞の記者達、彼らは誰一人、天狗騨記者に何一つ援護射撃はしていなかった。
天狗騨がなにかを言う度に拍手喝采し、リベラルアメリカ人支局長がなにかを言えばブーイングを浴びせるとか、それすらもまた一切してはいなかった。
天狗騨としては先ほどの言は、この目の前でいきり立っているアメリカ人ではなくこのASH新聞の同僚達に向かって言ったつもりだった。彼は『イジメを助長するのは傍観者だ』と常々社内で公言していたから、誰も彼もがグサリとナイフを胸に刺されたような感覚に陥っていた。現にこれだけの数の人間がいながら周囲はシンと静まりかえったままだった。
しかしリベラルアメリカ人支局長はそうは思わなかった。
「フン、この話しヲ我々の同業者が聞ケバ誰一人そうは考えナイ! アメリカメディアが一つにまとまり攻撃スレバお前の言い草ナドたちまちのウチニ吹き飛ブ!」
さらに止まらずリベラルアメリカ人支局長の口がクチャチャックチャッと動き続けていく。
「東京オリンピック組織委員会会長MRがどうイウ運命を辿っタカ! アメリカメディアの恐ろシサヲ、マダ理解できてイナイようダナ!」
2121年2月、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長MR氏が『女性蔑視発言』をしたとして問題になったことがあった。MR氏は当該発言を直ちに撤回。これを受けIOCは会長職続投を支持した。
しかしIOCに最高額の資金を拠出しているアメリカのテレビ局を始めあらゆるアメリカメディアががっちりとメディアスクラムを組みこの決定を攻撃し、あっという間に覆させた。
かくしてMR氏は組織委員会会長を降板せざるを得なくなり、〝女性差別者〟と国際的に断定された上首を獲られてしまったのである。
リベラルアメリカ人支局長の頭の中にはこの時の力の誇示の快感がまだ残っていた。『我々が結束すればただでは済まないぞ!』、という脅しの成功体験である。彼は今や一方的な主張をまとまって洪水のように敵に向かって流しぶつけ続けるメディアスクラムを肯定さえしていた。むろん今現在〝メディアスクラム〟など迷惑行為としか認識されていないのだが、そんな価値観はもはやどこ吹く風。報道企業による武力行使をチラつかせたと言っても過言のない言動であった。
しかし相手は天狗騨記者である。
「有象無象がたとえ一千万人集まろうと、私一人には歯が立ちませんよ。それが戦争と言論戦の違いです」事も無げに彼はそう言ってのけた。
脅しがまったく効かなかった。むろん名だたるアメリカメディアが束になって無名の一新聞記者に牙を剥くなどあり得ない。なんのニュース性も無いからである。そういう意味で彼は天狗騨相手に言わなくてもいいことを言ってしまった。
〝捨て台詞〟、それは去り際に何気に露わにしてしまう悪態のことである。
以前〝死刑廃止〟を巡って天狗騨記者の元へと殴り込んできた弁護士集団、その中の一人の弁護士が捨て台詞を吐いてしまった。
「外国に密告して日本人攻撃をやらせるなんて汚い真似しやがって!」と。
その発言はただちに天狗騨によって応用され、
「そのようなお考えをお持ちだとすると、あなた方弁護士団体が国連委員会だとか国際人権団体とかいった海外の機関に日本のことを報告し日本人を攻撃させたことを卑劣だと考えているということですか?」と訊かれるに至った。
弁護士達はこれを否定できず、したがって天狗騨記者が弁護士達の言う『死刑廃止論』、即ち『死刑制度を未だに採っている国は未開の人権後進国である』、という論をそっくりそのままイスラム諸国に報せたこともあっという間に正当化されてしまったのである。
リベラルアメリカ人支局長はこれと全く同じ轍を踏んでしまった。
「私がアメリカ人に期待したのが間違いだったんですかね」と天狗騨は口にすると次にはおもむろにこう言った。
「どれ、米軍慰安婦問題でアメリカを地獄へ引きずり込むとするか」
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