第百一話【行き着いた先の『風船爆弾』】

 突如始まったリベラルアメリカ人支局長の〝風船爆弾〟攻撃。

 しかし天狗騨記者は、

「風船爆弾ですか、それを糾弾してもしてもろくなことになりませんよ」と再び同じようなことばを口にした。


「何を言うカ! あれコソ無差別攻撃ダ! オレゴン州ではアメリカの一般市民6人が死亡したノダ!」



 俗に言う『風船爆弾』、当時の呼称は『気球爆弾』。軍内部では『ふ号兵器』とも言った。

 日米戦争の戦局がいよいよ煮詰まってくる中実戦投入された特殊兵器である。しかし特殊兵器と言ってもその挙げた戦果からして〝恐るべき新兵器〟とは到底言えない代物だった。

 なにしろそれは気球に爆弾を吊しただけのもの。これを日本から放球し、遙か高空を流れるアメリカ西海岸へと向かうジェット気流に乗せ運ぶ。2、3日後にはアメリカに到達する世界初の大陸間攻撃兵器である。とは言え、根は無人の気球なので到底〝狙い〟などつけられる筈も無く、リベラルアメリカ人支局長の言ったとおり必然無差別攻撃となるしかない。



(アメリカの核攻撃によって1945年末までに広島ではおよそ14万人死亡、長崎ではおよそ7万人死亡。東京大空襲でも10万人超の日本人がアメリカ軍の無差別攻撃で死んでいる。この他にも日本全国各地の街々が無差別攻撃に遭っている。これらと比べるのがアメリカ人6人の命か)と率直に思った天狗騨だった。


 だが——、


(目の前のアメリカ人支局長は『無差別攻撃か否か?』を問うている。〝数の多寡〟を言っても『数の問題ではない』として逆ネジを食らわせてくるのは確実だ)


 そうは思ったがしかし天狗騨は落ち着き払っていた。


「今あなたは『風船爆弾』と口にし、その被害についても言及できた。それは〝知っている〟からです」天狗騨は言った。


「なにヲ当たり前の事ヲ言っテイル⁉」その意図が読めないリベラルアメリカ人支局長は反駁した。


「当時のアメリカ人は知っていたんでしょうか?」


 天狗騨のその言に瞬間的にリベラルアメリカ人支局長は硬直した。天狗騨は久々に件の手帳を開いた。


「『風船爆弾』によるアメリカ大陸への直接攻撃は1944年11月初旬から始まります。では攻撃されたアメリカ側の反応はどうだったかというと、1944年12月20日の時点でアメリカの新聞が風船爆弾について報じています。問題はこの後、これは『報道の自由』と『国民の知る権利』の問題となる。むろんアメリカの報道の自由、アメリカ国民の知る権利の問題です」


「こっちハ無差別攻撃の話しヲしテイル! 論点を逸らすナ!」


「いいえ。日本と戦争をしていた当時のアメリカ合衆国で『報道の自由』と『国民の知る権利』が保証されていたなら、あなたが先ほど言った6人の民間人の犠牲は出なかった可能性が高いんですよ」


「適当なコトを抜かすなテングダッ!」


「いいえ。問題はその後アメリカ国内で『風船爆弾』についての報道ができたか? という点にあります。アメリカ政府とアメリカ軍は厳重な報道管制を敷き風船爆弾による被害を隠蔽しましたね」


 !ッッッ


「『風船爆弾』を使った攻撃は翌年1945年3月までの間、およそ5ヶ月間にも及びます。その間のアメリカ国内の報道が風船爆弾による被害を報じないなら一般市民にその危険性が認識されることはありません。あなたが先ほど言ったオレゴン州でのアメリカの民間人6人の死亡事例は1945年5月のことですね。しかも風船爆弾は地面に落ちていたのではなく木に引っかかっていた。危ない物だと解っていればわざわざ木登りしてまで触りに行こうと思う人はいません。アメリカ政府とアメリカ軍が真実を隠蔽しなければこの犠牲は避けられたのではないですか?」


(くっ、くぬっ!)


 これは完全に『真珠湾が無ければヒロシマ・ナガサキは無かった』即ち、『〜が無ければ〜という犠牲は無かった』の論理構造であり意趣返しになっていた。


「アメリカ政府は国民が恐慌状態になるのを怖れ真実を隠蔽した。戦争に不利にならないため、戦争に勝つために自国民の非戦闘員の犠牲すら顧慮しなかった。その結果犠牲者が出た。どうしてあなた方アメリカ人は当時のアメリカ政府の行状を糾弾せず、ただ『正義だ正義だ。民主主義がファシズムに勝った!』と未だに当時のままの感覚で生きているのですか?」さらに天狗騨が畳み掛ける。


(パールハーバーと言い、風船爆弾と言い、攻撃を受けたのはアメリカなのにどうしてこういうことになる⁉)

 むろんそれは天狗騨記者の忖度能力が不能なためである。その上あからさまに『進歩が無い』と言われたリベラルアメリカ人支局長は激しく激した。


「それハ当然の措置ダ! アメリカ陸軍は風船爆弾ニ生物兵器ガ搭載されてイル可能性を考えてイタ! 特にペスト菌ダ! ダカラ着地した不発弾処理のタメニ防毒マスクと防護服まで着用したノダ! 調査には細菌学者まで動員サレタ!」


「だったらなおのこと『日本から飛んでくる謎の気球』について報道すべきで、こんなところで『報道しない自由』を行使して、いったいメディアの役割とはなんですか? 国家を戦争勝利に導く翼賛報道体勢はアメリカでも同じだったと、そう日本人に主張する意味とはなんです?」


 こうまで天狗騨に指摘されてしまったリベラルアメリカ人支局長は目下錯乱状態に陥っていた。『風船爆弾』を持ち出してもやはり天狗騨が予告したとおり『ろくなことにならなかった』のであった。

 とは言え〝錯乱〟は一定の条件が整えば誰しもそうなるものである。

 戦後1948年4月、占領下の日本でのこと。日本劇場屋上に戦後初のアドバルーンが揚げられた。だがGHQの指令で僅か2日後に禁止となった。『風船爆弾を連想させるため』という理由からである。アメリカ人はしばらくの間気球恐怖症になってしまったのかもしれない。


「ペストだ! ペストなのダッ!」


「はあ?」


「アメリカ政府は終戦直後ニハ細菌兵器研究者を日本に派遣し、風船爆弾開発に関わった研究者の調査を行っテイルノダ!」


(さっきは『細菌学者』で今はいきなり『細菌兵器研究者』なのか)


「なにシロ日本には731ガいたのダカラナ!」


「今度は731部隊か?」天狗騨の口から思わず声が漏れた。壁の時計に視線を送れば、今からそんなものを始めればもはや繰り上がってしまった終電時間に間に合わないのは明白だった。


(仕事をやっているのかながら仕事か、ここにいる連中は全員今夜は会社に泊まるつもりか?)と自身の事を棚に上げ同僚のASH新聞社員達に呆れる天狗騨記者。


(誰も止めないということはもはやこれは〝見世物〟になっているってことだな)


「どうシタ、テングダ。731部隊については語ることばガ無いノカ?」


(やはりこれは逃げるに逃げられないということか)


 天狗騨は口を開いた。

「言っておきますが、それを糾弾してもしてもろくなことになりませんよ」三度みたび同じ事を口にしたのであった。


「お前ガどうイウ主張をスルカ、それを訊イテおきタイだけダ!」しかしリベラルアメリカ人支局長は吠えた。


 もはや終電をやり過ごしてのバトル続行が決定的となってしまっていた。

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